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そこへ行った時には、珍しく尋人はかなり酔っていた。だからきっと魔が差したのだろう。
『俺たちも結婚しようか』
『え?』
自分がそのときどんな気持ちだったのか、今ではもうわからない。でも私はすごく間抜けな顔をしていたのだと思う。
少し彼が笑ったことだけ覚えている。
そのあと、尋人はゆっくりと言い聞かすように言葉を続けた。
『そして、一年で離婚しよう』
彼が失恋したからと言って、私と結婚するメリットなど何もなかった。尋人が佐和子を好きだと知っているのはきっとそばにいた私だけだと思う。
『どうして?』
尋人自身、私がそのことを知っているなど想像もしていないと思う。
だからこそ、どうしてこんな提案をしたのかわからない。
もしかしたら佐和子に告白でもして、気まずいことが合ったのかもしれない。
もう未練はないと証明でもしたいのだろうか。
『ん?』
酔っていて思考がうまく働かないのか、尋人はただ私を見つめた。
会社の噂も面倒だし、尋人と結婚すれば色々な憶測など消えてなくなる?
そんな言い訳を必死に探した後、私は目の前のグラスのアルコールを流し込んだ。
『いいよ』
だって私は……。
「弥生? どうした?」
その声で私は現実に引き戻された。
「昔を思い出していただけ」
「そうか」
それ以上、何も話すことなく私たちは無言で紅茶を飲み終えた。
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