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第5話・ユウ
「ユウくんはうちのスタッフが連れてきたの。ひと月ほど前かしら、センター通りにうずくまってたんですって。しかも裸足でよ。おかしな人にさらわれなくてよかった」
ユウはボーイズバーのスタッフらしく手入れの行き届いた真っ白なシャツを着ていて、刈り上げた襟あしに清潔感があった。オーバーサイズのシャツからのぞく身体つきが妙に色っぽい。女性客にはもちろん、こういう少年が好きな男性客にも好かれそうだと感じた。
「最初はなんにも話してくれなかったのよ。おとなしいし、きっと精神的なトラウマでもあるんだと思ってそっとしといたの。そしたら最近では少しずつ話せるようになってきて、名前も教えてくれたのよね、ユウくん?」
「はい」
ママと顔を見合わせて、ユウが照れたように笑った。僕はしみじみと、ユウの幸運に思いをはせる。ユウはラッキーだ。「招き猫」は、猫から人間になってしばらくはしゃべることができない。飼い主のもとへ帰る途中で迷い猫になり、事件や事故に巻き込まれてしまうことも多い。しかしユウは、僕ら「猫探し」につながることができた。
これは、ユウを保護してくれたママが賢明な人物だったからだ。身元不明の若者を保護したとき、「ふつうの」一般市民ならまずどんな行動をとるか――。
「念のために聞くけど、警察に届け出は?」
叔父の問いかけに、ママは小さく眉をひそめた。
「通報なんかするわけないでしょう。裸足でいるなんて、何か事情があって居場所をなくしてるのに決まってる。そんな子を警察に引き渡してよかったことなんか、ほとんどない」
「おっしゃるとおりだね」
「それで零士さんに相談したのよ。役所に連絡するって言われてちょっと迷ったんだけれど、零士さんが間に入ってくださるなら……大丈夫だと思って」
ママは途中で言葉を切って、もう一度、叔父を見つめた。もう検分するような目つきではない。役所の対応らしからぬ雰囲気に頼りがいを感じているらしかった。「ふつうの市民」であることを前提とした行政の手助けやまっとうな暮らしの、その幅は驚くほど狭い。今のままではそこからはみ出してしまうこの少年を、ママは心から案じているのだ。僕にはそれがよくわかった。
「ユウくんのこと、どうぞよろしくお願いします」
ママは頭を下げた。ユウはきょとんとしてそれを見ていたが、幼い子どもが大人のまねをするようにママにならってぺこりと頭を下げた。招き猫はみんな素直でかわいい。大好きな飼い主のために人間になろうというのだから、もとより人間が好きで、愛されてきた猫たちなのだ。ママがユウの肩に手を置いて、優しく含めるように彼に言う。
「ユウくん、この方たちがね、ユウくんのおうちを見つけてくださるんですって。よかったわね」
ママはもちろん「招き猫」の存在など知らない。僕たちも伝えることはしない。ママは僕たちのことを、複雑な事情を抱えた青少年を保護してくれる、話のわかる行政担当者だと思っているのだろう。それでいい。
ユウは素直にこくんとうなずいたが、少し考えこむような表情をした。
「あの、あのね、ママ」
「うん?」
「おれのうち、みつかっても、またここにきてもいい?」
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