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ママが目を見開いて、ちょっと言葉を失ったのがわかった。ユウはママを困らせたと思ったらしい。あわてて言い足した。
「おれ、ここがすき。おみせのみんなも。だから、またきてもいい?」
「……もちろんよ。お客さんとして来てもいいし、お仕事がしたいなら、してもいいのよ。みんな喜ぶわ」
「うん」
ユウは目もとの潤んだママの顔を見てにっこり笑った。それから叔父の顔を見る。まっすぐな目だった。僕もつい、ユウの視線をたどって叔父の顔を見る。
叔父は優しい目をしていた。「招き猫」に向ける彼のまなざしはいつも限りなく優しい。僕は彼のこんな顔も好きでたまらない。叔父はユウにゆっくり語りかけた。
「ユウくん、今夜は僕らといっしょに来てください。落ち着いたら、またここで働けばいいよ」
「はい」
「うん。いい子だ」
叔父はそう言いながら腕時計(当然ながら値段も趣味もいい腕時計だ)を見て、「おっと、時間がない」と呟いた。スツールから立ち上がったので、僕も急いで立ち上がる。ユウがママにうながされてカウンターから出てきた。僕がそっと彼の腕をとると、ユウはじいっと僕の顔を見つめた。僕が小さく笑いかけると、ユウも笑みを浮かべてくれた。叔父がママに挨拶している。
「じゃあ、ユウくんをお預かりします。連絡は零士を通して」
「お願いします」
目を少しだけ赤くしたママがまた頭を下げた。ユウは僕の顔、叔父の顔と視線を移して、最後にママの顔を見た。
そして、ふわあっと笑って、かわいいしぐさで手を振った。
「いってきます、ママ」
「待ってるわね、ユウくん」
ママも和服の袖をそっと押さえて手を振り返した。それを見届けて、僕らは急いで「クラブ永遠」を後にした。
――第6話「大好きな人」に続く
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