第5話・ユウ

2/2
前へ
/84ページ
次へ
 ママが目を見開いて、ちょっと言葉を失ったのがわかった。ユウはママを困らせたと思ったらしい。あわてて言い足した。 「おれ、ここがすき。おみせのみんなも。だから、またきてもいい?」 「……もちろんよ。お客さんとして来てもいいし、お仕事がしたいなら、してもいいのよ。みんな喜ぶわ」 「うん」  ユウは目もとの潤んだママの顔を見てにっこり笑った。それから叔父の顔を見る。まっすぐな目だった。僕もつい、ユウの視線をたどって叔父の顔を見る。  叔父は優しい目をしていた。「招き猫」に向ける彼のまなざしはいつも限りなく優しい。僕は彼のこんな顔も好きでたまらない。叔父はユウにゆっくり語りかけた。 「ユウくん、今夜は僕らといっしょに来てください。落ち着いたら、またここで働けばいいよ」 「はい」 「うん。いい子だ」  叔父はそう言いながら腕時計(当然ながら値段も趣味もいい腕時計だ)を見て、「おっと、時間がない」と呟いた。スツールから立ち上がったので、僕も急いで立ち上がる。ユウがママにうながされてカウンターから出てきた。僕がそっと彼の腕をとると、ユウはじいっと僕の顔を見つめた。僕が小さく笑いかけると、ユウも笑みを浮かべてくれた。叔父がママに挨拶している。 「じゃあ、ユウくんをお預かりします。連絡は零士を通して」 「お願いします」  目を少しだけ赤くしたママがまた頭を下げた。ユウは僕の顔、叔父の顔と視線を移して、最後にママの顔を見た。  そして、ふわあっと笑って、かわいいしぐさで手を振った。 「いってきます、ママ」 「待ってるわね、ユウくん」  ママも和服の袖をそっと押さえて手を振り返した。それを見届けて、僕らは急いで「クラブ永遠」を後にした。       ――第6話「大好きな人」に続く
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

138人が本棚に入れています
本棚に追加