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第6話・大好きな人
「クラブ永遠」を出た叔父は、迷うことなく早足で歩いていく。僕もユウの手をとって、叔父に遅れないように歩く。
叔父がどこに向かっているのかはわからない。しかしこうして「招き猫」を保護したあとは決まって――正確に計ったようなタイミングで、僕たちの背後から音もなく巨大な高級車が姿を現すのだ。だからモタモタしてはいけない。蜜柑ちゃんが素晴らしいドライビングテクニックであやつるその車は、僕たちの歩調に合わせて完璧に減速した。そしてブレーキをかけた次の瞬間には、もう後部座席のドアが開いている。そこに僕たちが歩く速度のまま車に乗り込むと、直ちに急発進する――はずだった。
しかし今夜はちょっとしたアクシデントが起こった。
僕たちのすぐそばに車体を寄せてきた、図体のでかいカントリー仕様の高級車に驚いたユウが飛び上がって、勢い余ってバランスを崩してしまったのだ。彼の手をとっていた僕もいっしょになって倒れ込みそうになる。
「わっ」
踏ん張ろうとしたが足がもつれた。
せめてユウの身体をかばおうと受け身を取りかけたところを、たくましい腕に抱きとめられた。
「大丈夫か」
僕とユウ、ふたりして叔父に支えてもらっていた。スーツの上着越しに大きな手の感触が伝わってくる。肩をぎゅっと掴まれたその力強さに、僕はつい身を任せてしまいたくなった。しかし鼻先が触れそうなほどの距離にある叔父の顔を見て、さらには目が合ってしまって、ハッと我に返った。
叔父の目は怒っていなかった。僕の好きな香水がかすかに匂った。
「ご、ごめん」
「気をつけろ」
「あ、ありがとう、良介さん」
僕とユウが身体を起こすと、叔父は僕の服の乱れを整えてくれた。身体のあちらこちらを――スーツ越しとはいえ――叔父の手がなぞっていくのを感じて、僕はうろたえる。赤くなった顔を叔父から隠すようにしながらユウの様子をうかがった。
「ユウくん、平気? いきなり大きな車が来てびっくりしたよね」
「うん、だいじょうぶ。ごめんね」
ユウも優しい。僕をきづかって心配そうな顔をしてくれる。叔父は僕らの肩を軽く押して、車に乗るように促した。運転席の蜜柑ちゃんも「早く乗ってよ」という顔でこちらを見ている。ユウがまず乗りこんで、僕が続いた。叔父は乗らなかった。車外に立って腰をかがめ、軽く手を上げた。
「あとは頼んだぞ。間に合うかな。さくらさんによろしく伝えてくれ」
叔父の言葉の最後のほうは聞こえなかった。
蜜柑ちゃんが容赦なくドアを閉めて、猛スピードで発進してしまったから。
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