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蜜柑ちゃんの運転する爆速高級車は、M市方面に向かって夜の首都高速をひた走る。
僕はしばし放心して、後部座席のシートに深くもたれた。
叔父はあのあと、零士のところへ向かったのだろう。
さっき抱きとめられたとき、肩に感じた腕と指が力強かった。
あの腕で零士を抱くのだろうか。それとも抱かれるのだろうか。どちらも想像できた。
どうしようもない妄想にとらわれていたら、隣に座っていたユウがそっと僕の手に触れてきた。車内の暗がりで目が合う。きれいなオッド・アイの表面を高速道路の照明が小さな粒になって流れていた。僕がぼんやりしているので心配してくれているらしい。かわいいなあ。彼の飼い主はどんな人だろう。「招き猫」になって戻るユウを、受け入れてくれたらいいな。
「ユウくんの飼い主ってさ、どんな人だったの?」
「んー、えっとねえ」
ユウはかわいらしく小首をかしげた。まだボキャブラリーが少ないから、何と言えばいいか考えているのだ。
「えっとね、ごはんをくれるひと」
「いちばん大事なことだね」
「あと、あそんでくれる」
「それも大事。いいね」
「でも……しごとがいそがしいの。おれ、あいつにごはんをつくってあげたいし、いろいろ、してあげたい」
「ユウくんは飼い主さんのことが大好きなんだね。だから『招き猫』になったの?」
「そうだよ」
「じゃあ、早く帰ってあげないとね」
「うん」
真面目な顔でうなずくユウが愛おしい。僕はふと思いついて、ユウに大事なことを教えてあげた。
「あのさ、ユウくん。『クラブ永遠』のママには、君が『招き猫』だってこと、内緒にしておいたほうがいいよ」
「どうして?」
「これからもあのお店で働きたいんだろ? それなら君がもともと猫だなんて打ち明けたところで、信じてもらえなかったら悲しいよ。ふつうの人です、って顔をしていればいいんだ」
「わかった」
僕らは、ふつうの人ではない。常識からはずれた存在だ。
それでも「ふつうの人です」という顔をして生きている。
――第7話「ただいま」に続く
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