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番外編・ある夜のこと
良介さんが、重たい。
初めて入れてもらった良介さんの部屋は、想像したとおり、僕の好きな彼の匂いがした。玄関に入るなり、またきつく抱かれて浴びるようにキスをされて、嬉しいんだけど息をつぐ間もない。頭がぼうっとして気を失いそうだ。僕は良介さんの機嫌を損ねないように気をつけながらそっと肩を押し戻した。
「……あの、良介さん……ごめん、苦しい」
電気もつけない玄関口の暗がりで、良介さんの目がらんらんと光っている。こ、怖い。僕は手探りで照明のスイッチを探った。部屋の間取りは階下の僕の部屋と同じだから、在り処は知っている。
パチン、と音がして天井の白熱灯がともった。そこで良介さんが我に返ったような顔になる。あぁよかったと思っていたら、今度は立ったまま、突如としてひとりごとのような告白が始まった。
「おまえの気持ちに応えるのは、よくないと思ってたんだ」
「えっ、どうして?」
「おまえのことは生まれたときから知ってる。年の差がありすぎる」
「年の差があったらだめなの?」
「おまえの気持ちは、いっときの気の迷いだと思ってたんだよ。子どもが恋に恋するというやつだ。だからいつか目が覚めて、まっとうな相手に目が向くようになると思ってた」
「僕はもう子どもじゃないよ」
「そうだよな。おまえの覚悟を聞いて、気の迷いだなんて決めつけていた自分が恥ずかしくなった。申し訳ない」
とつとつと不器用な口調で語る良介さんを見て、僕は微笑ましく思った。この人はいま、懸命に自分の気持ちを整理してるんだ――。
「良介さんが申し訳なく思うことじゃないよ」
「でもまだ葛藤はある」
「葛藤?」
「血のつながりがある。それはいいのか」
「血のつながりがあったらだめなの?」
「……周子に申し訳が立たないだろ。愛息子が自分の弟にたぶらかされたと知ったら、地球の裏側からすっ飛んでくるぞ。殺される」
いきなり母の名前が出たので、僕はつかの間、きょとんとした。それから笑いがこみあげてくる。年の差とか、血のつながりとか、申し訳が立たないとか、僕よりずっと重たく考えていたんだなあ。つまり真面目なのだ。意外な一面に触れてますます好きになってしまう。
「お母さんは、僕の気持ちを応援するって言ってくれたよ。良介さんなら誠実に向き合ってくれるだろうって」
「そうなのか」
良介さんは心底驚いたという顔で僕を見た。そこでもう僕はこらえきれず、笑ってしまった。
「弟からみたら、そんなに怖い姉だったの?」
「怖いわけじゃない。でも……周子が大事にしてるものは尊重すべきだと思ってる」
僕は嬉しくなって良介さんの胸に顔をすりつけた。
「良介さん。大好き」
もう一度抱きしめられて、胸にあたたかいものがじわりと広がっていく。
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