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ここはどこですか
「誰か責任者を呼んでください」
「どうしました?」
「あ、やっぱりこれ通信機だったんですね。さっきの人たち、ぼくがなに言ってもまったくとりつくしまがなくて」
「それはすいませんでした。こちらは感度良好です。お話しください」
「ありがとうございます。あの、それで…なんでぼくはこんなとこにいるんですか?」
「えーと、あなたは確か昨日そのステーションに搭乗された…あー、ハインツさん?」
「そうです。ハインツです」
「そうですか。わたしは管制センター責任者のロベルトです。初めまして」
「あ、ああ初めまして」
「どういったご用件でしょうか?」
「あのー、だからこれはいったい…というか、ここはどこなんですか?」
「あー、そこからですか?そこからお話しをしないといけませんか。えーと、そこに船長はいませんか?」
「いまドッキングベイ、というところで補給船というやつのドッキング作業をしていると言っていました。ぼくは体よく追い払われましたが」
「なら忙しいですね」
「はあ」
…
…
…
「あの?」
「なにか?」
「さっきの質問なんですけど…」
「あ、ああ!そうでしたね、うっかりしてました」
「頼みますよー」
「そこはどこかというご質問でしたね?」
「そうです」
「そこは宇宙です」
「はい?」
「正確には静止軌道上、つまり地球から三万六千キロ離れた場所、ということです」
…
…
…
「なんでぼくはそんなとこに?」
「仕事、でしょ?」
「い、いや意味わかりません!ぼくは単なる経理事務が専門ですよ?小切手だとか、給与計算だとか、収支決算報告とか、そういう仕事を専門にしてるんです。なんですか静止軌道上って」
「静止軌道とは軌道傾斜角が0°の対地同期軌道で、別名クラーク軌道とも呼ばれています」
「いやいやいや、そうじゃなくて。静止軌道の説明を聞きたいわけじゃないんです」
「何か問題でも?」
「問題は大ありです。なんでぼくがここにいるのかってことです」
「それは昨日南アフリカから打ち上げられたロケットに乗ってです」
「いえそうじゃなくて、なぜ?いいですか、ここんとこ大事ですよ?よく聞いて。なぜ、ぼくが、ここにいる、かです」
「ですから昨日打ち上げられたロケットでですね…」
「そうじゃねえよ!なんでこんなことになってんだって言ってんだよ!」
「落ち着いてください」
「落ち着けとか言ってんなよ!帰してくれよ!地球によ!会社に仕事があるんだよ!どう考えたっておかしいだろ、こんなの!」
「出張費とかの問題ですね?大丈夫です。もちろん残業代もちゃんと支給されるはずですが」
「いや出張費とか残業代とかいらないから!とにかくぼくを帰してくれ!」
「しかしそれでは就業規則的に問題が発生します」
「こんなところでなんの就業規則なんだよっ!」
「あなたは退社時間が来る前に退社しようと、つまりそういうことですよね?それが就業規則違反だと申し上げているんです」
「おい!誰がそんなこと言った!」
「今あなたがそう言いましたよ」
「いやそうじゃなくて、地球に帰せって言ってんの!いますぐ!」
「それは無理です」
「なんで?」
「予定ではあなたは地球を七十三周しなければ帰れません」
「なにそれ」
「だから七十三周」
「ふざけないでくれ!」
「冗談に聞こえましたか?」
「もういいよ!わかったよ!」
…
…
「フォーリン船長」
「こちらフォーリンです」
「ハインツさんは?」
「いましがた、エアロックから飛び出していきました」
「そうですか…残念です」
「あの、ロベルトさん?」
「なんですか?」
「無理があるんじゃありませんか?」
「ほう?どのような」
「その…いきなり何もわからない人を宇宙になんて…」
「それは違います。やがて地球は太陽軌道を外れ、そして自転も止まる。これこそ地球は巨大な宇宙ステーションとなるんです。人々はそのときどうするでしょうか?慌てふためくに決まってます。それじゃ遅いですから、少しでも耐性をつけようと」
「はあ…」
「明日またロケットがそちらに向かいます」
「こんどはどんな…」
「人間ではまだ早かったようです。ですから今度はチンパンジーですよ。マイルくんと言ってとてもおりこうさんです」
「あの、ロベルトさん?」
「なんですか?」
「責任者、呼んでもらえませんか?」
―おわり
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