硝子のスピラーレ

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 それはインドや中国の文字にも似ていた。  片付けていた荷物のいったいどこから落ちたのか、長細い厚手の紙を指先でつまみあげる。 『これ、栞につかって』  由加里の声が耳のなかで甦る。  古い書体で記された「雄」の文字。出土した鉄器にでも彫り込んでありそうな古代の漢字は、祈りを込めたまじないの文様のようだ。筆の走りは震えている。  裏返すと六角の渦巻きと放射する線。これが何かわかっていたらあの時なにかが違ったのだろうか。  ひとりになった家が、突然透明な海の底になったような気がした。  携帯に由加里のアドレスはまだ残っている。  あの短い日々の記憶が甦る。ほんの一年前のはずなのに、由加里に振り回されたひと月はずいぶん遠いことのように思えた。
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