13人が本棚に入れています
本棚に追加
(1)
やってられない、という気分だった。
売り込みや商談というのは営業部の仕事だろうに、どうしてデザイン設計課の自分が三日間、展示会に詰めなければならないのか……。
六月の土、日、月で開催となった、家具とインテリアの見本市『ライフスタイルTokyo』。
家具の見本市としては国内最大とはいえ、ケルンやミラノのそれには遠く及ばない。
「デザイン部のリーダーとして、他社の製品を見てきて欲しい」
そんなことを言われたが、実際のところ、家が近いことが一番の理由だろうと察しがついた。
国内の家具業界はずっと厳しい時代が続いている。日本最大手のインテリアメーカーである我がFALインテリアも、各部署の人員を減らしつづけている。展示会が製品PRの絶好の機会だということは間違いないが、通常業務からわざわざ人をまわすのは大きな負担のはずだ。であれば、川を挟んですぐ、障害物がなければ会場から見えるほどの距離に住んでいる自分を駆り出そうと考えたのもわからなくはない。しかも、取り組んでいた大きな案件がちょうど上がったところで、時間的に余裕ができたところだった。
(だからといって……)
デザイナーの自分に三日間、見本市に詰めろとは。デザイナーなどという洒落た肩書きもなにかと便利だから名乗っているだけで、自分は製図屋だ。コンピュータデザインの時代となっても、紙と定規とコンパスで線が引ける、そういう自負がある。製図屋の心を持つ最後の世代だ。
あくまで他社製品のリサーチ、来客の応対はしない、そう確約を取り付け、展示場を見てまわった。
その年は趣向が変わっていた。広い展示フロアは、メーカーごとではなくタイムスタイルでブースを分けるという趣旨になっていた。食事というタイムスタイルであるダイニングやキッチンのエリア。くつろぎというタイムスタイルのソファやローテーブル。就寝タイムである寝室のエリア、という具合で、目的は同じなれどメーカーの違う家具が並んでいる。ベッドひとつ見ても、それぞれ力を入れる箇所が違い、それはそれで面白かったのだが、二日もまわればあらかた見尽くしてしまった。
営業部員からの不満そうな目もあり、最終日は自社の業者向けブースに付いた。飲食・レストラン用途のそこは、タイムスタイルという展示から外れてメーカーごとのブースになっていた。
雨天の重なった最終日の人出はさみしいほどだった。本気で取引を考えている企業は初日に来場を済ませていて、今日になって会場をぽつぽつと歩いている人は、来てはみたものの失敗だったな──そんな感じを漂わせている。
FALインテリアの飲食業ブースは、大小の実店舗を模してセッティングしてある。小型のテーブルセットを並べた小喫茶のイメージや、丸テーブルとウッドチェアを使ったオープンカフェライクのセット、大型ソファを置いたホテルロビーのモデルなどが作られ、接客をする側、される側、それぞれの視点で見られるようになっている。
ブースの中央にはバーカウンターを据え、調理台や食器ケースなども置いて簡単な飲食も提供できるようにしていた。
会場の端にあるここからは、大きなガラス越しに外が見える。朝からずっと強い雨が続いていた。
最初のコメントを投稿しよう!