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夜の恐怖
薄暗く静まり返った広いオフィスでは、キーボードを奏でる音が響いている。
一つは悠里子の熟練された無駄のない無機質なもの。
もう一つは離れた場所でPCに向かっている松田浩介のものだ。滑らかで単調でどこか幼さが宿っている。
悠里子よりもひと回り以上も若く、同じ部署ではあるがほとんど交流はない。
平和ボケした恋愛脳の女子社員に囲まれ、いつもヘラヘラしている浩介を悠里子は嫌っていた。
全ての雑念を遮断していたが、海辺のさざ波のような音で集中力が切れた。
小雨が窓を叩いていた。次第に雨粒は大きくなり、外の景色がモザイクのようにぼやけていく。
閃光の後に轟音が鳴り、悠里子は戦慄した。
「やだっ」
思わず椅子を引いて身を屈める。
「原さん?」
浩介が声をかけてきた。
「大丈夫よ」
咳払いをし、背筋を伸ばして平静を装う。
再びの閃光。
悠里子は耳を両手で塞ぎ、額をデスクに付けて突っ伏してしまった。
背中がふんわりと温かくなり顔を上げると、浩介の顔があった。
「震えてますね」
背中を擦ってくれている。
「ちょっと!」
馴れ馴れし過ぎるその行動を嫌悪し、悠里子は浩介を押し退けた。
浩介はのほほんと頬杖を付き、悠里子をじっと見ている。悠里子はその視線に耐えられなくなり、席を立って珈琲を淹れて戻った。
「え? オレのはないんですか?」
「自分でどうぞ」
浩介は唇を尖らせた。
(子供か)
呆れながらも珈琲をひとくち飲む。食道から胃へ温く染み渡っていく。浩介がもたらした背中の温もりも手伝い、体がポカポカとしてきた。
天気は相変わらずだが、おかげで恐怖心は随分と和らいでいた。
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