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夜の糖分
「原さんでも怖いモノってあるんですね」
「そりゃあるわよ。雷とか地震とか。どんなに努力したって太刀打ちできないもの」
「へぇー。オレは部長の方が怖いですけどね」
悠里子は吹き出しそうになるのを堪えた。モテる浩介への嫉妬も多少はらんでいるのだろう。浩介が部長に𠮟られている場面は視界の隅でよく見かけていた。
その叱責も持ち前のチャラさというか、明るさでさらりと躱してしまうのだが。
「あ、そうだ。これ、よかったらどうぞ」
浩介が小さくて透明な袋を悠里子の前に置いた。中には色とりどりの小粒がひしめき合っている。
「金平糖?」
「出張先のお土産です」
朝、女子社員達がキャーキャー煩かったのはこの義理土産のせいだったのか、と納得した。
「どうも」
「どういたしまして」
浩介はにっこりと微笑む。
はっきりいって金平糖は悠里子の好物だ。クッキーだのケーキだのごちゃごちゃした甘い物よりは、『THE・砂糖』のストレートで潔い菓子が好みなのだ。
けれどここで浮かれては、あの女子社員達と同レベルな気がして癪だった。金平糖をバッグにしまおうとした。
「え。食べないんですか? 原さん用に買った特別なお土産なんです。原さんが食べてるとこ見たいです」
「はぁ?」
(私用の特別なお土産?)
浩介は悠里子に考える隙を与えずに急かす。
「今食べて下さいよ」
「もう! わかったわよ!」
悠里子は袋を開け、中からピンク色のを一粒摘んで珈琲に沈めた。
「あー」
「なによ」
悠里子はプラスチックのマドラーでくるくるとかき回し、したり顔で啜る。
「どうせお腹の中で混ざるんだし」
浩介は大きな手を口元へやり、クスクスと笑い始めた。
「なによ」
「いえ。原さんらしいな、と思って」
「原さんらしい、って。私の何を知ってるのよ」
「知ってるつもりですよ。色々と」
寄越されたその視線に悠里子はゾクリとした。笑ってはいるが、その奥に潜む浩介という男の本性を察したのだ。
(ヤバい)
狼狽え、自分でも幼稚過ぎる意味不明の言葉を発するのがやっとだった。
「こ、こんなお菓子……太るし……。そう。太るし、迷惑」
悠里子は金平糖の袋を雑に浩介の前へ滑らせた。
「もっと太ってもいいんじゃないですか?」
浩介が悠里子の手首を掴んだ。
「ちょっと!」
悠里子は抗った。しかし浩介の手はびくともしない。
「ほら。こんなに細い」
「ほ、細くないわよ! 標準だし!」
「標準? そうですか。じゃあ……」
「きゃあっ」
浩介はぐいっと引き寄せ、自分の膝に悠里子を座らせると後ろから抱き締めた。
「やめてっ! あんた! こんなことしてっ……た、ただで済むと思ってんのっ!?」
浩介は更にきつく、しかし優しく、悠里子を離そうとはしない。
「こんなことって? 俺は統計とってるだけですよ? 日本人女性の標準体型なんですよね? うちのチーム、今女性向けの商品を開発してるんで」
浩介は片手を抜き、悠里子の髪を寄せて首すじに唇を這わせた。
(ヤバい)
悠里子の身体が火照っていく。それは、つい先ほどまでただの後輩だった人間……それも嫌いだった人間を、男だと……認めてしまった証拠であった。
なぜ嫌っていたのか……。どこかでこの男の本性を、自分の本能が無意識に警戒をしていたのかもしれない。
「やめてっ!」
悠里子がありたっけの声で叫ぶと、浩介はあっさりと悠里子の身体を解放した。
息を荒らげながら浩介を睨みつける。
悠里子は資料をまとめ、パソコンの電源を落とした。
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