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カツアゲ
何の成果も得られなかった私たちのトライアルの後も、演劇の練習は続いていた。
なんせクラスの出し物である「ロミオとジュリエット」の本番が近い。
私と我妻君は、立ち位置やセリフの間の取り方なんかで、練習で残ることもふえていた時期だった。
「これって、風邪薬かなにかかなぁ?」
我妻君が小分け袋に入った赤いカプセルが5個くらい入ったものを拾い上げた。
「何だろうね?まぁ、確かに最近急に寒くなってきたから、風邪ひき始めてる子、増えてるかも。」
「一応、落とし物で届けた方がいいかな?」
「そうだね、後で一緒に行こうか」
我妻君はポケットにその小袋を入れた。その時は、それで終わっただけだったんだ。
最近は大道具の製作も山場だったから、最後の掃除は交代制になっていた。ついつい練習に力が入り過ぎて、片付けがすっかり遅くなってしまった私と我妻君は、本日のゴミ捨て担当を命ぜられた。二人して、ゴミ袋で両手が一杯になる。教室に残っていたのは私たちが最後だったから、最終チェックで教室内を見回したところ、さっきの小袋を見つけてしまったのだ。ゴミ捨てだけでも面倒なのに、落とし物の届け出までしなきゃいけない。ちょっと手間だなって正直思ってた。二人でゴミ袋をを持ちながら、臨時のゴミ集積所に向けて校舎の人気のないところを通り過ぎたあたりだったと思う。遠くないところから、凄んでいる声が聞こえてきた。
「落としましたぁ?それじゃすまねぇんだよ」
私は隣の我妻君を見た。
すると我妻君はゴミ袋を渡り廊下の床に置くと、自分の口に右手の人差し指をたて、左手で姿勢を低くするように指示してきた。
私は彼の言う通り、いや指示通りに態勢を低くした。
その姿勢で少しずつ、声のする方に近づいていく。
制服を着ている生徒の背中が数人、校舎の外壁に円陣を組むように立っていた。
靴の向きが違う生徒がその間に一人いるようだ。多分、中央の生徒が一人、囲まれている状況だ。
これって、カツアゲで間違いないんじゃないだろうか。
我妻君が微かに私の腕に触れた。来た方角に人差し指を向ける。
この場を離れようとしているらしいことは分かった。
ゴミ袋を置いた場所に戻るつもりらしい。
えっ、このままにしていいの?って思ったけど、とりあえず彼の指示に従うことにした。
カツアゲ現場からある程度の距離ができたところで、彼はおもむろに立ち上がる。
「先生、お疲れ様です」
誰もいない校舎の方角に彼が頭を下げた。
あれ?先生なんかいないよ・・・頭の中に疑問符が浮かんだ。
さっきまで私たちが様子を伺っていた方向から何人かが走り去る靴音が聞こえた。
成程、そうゆうことか・・・・
私はどうにか立ち上がると、我妻君を見た。
「頭いいね」
私がそう呟くと、ちょっとだけ我妻君は恥ずかしそうに笑った。
それから私たちは何事もなかったようにゴミ置き場に向かう。
我妻君、結構やるなって純粋に思う。そうだ、彼は機転がきくんだ。多くの生徒にとって、先生が煙たい存在だいうことくらい想像がつく。ましてや、カツアゲしているところを見られたら・・・集められたゴミ置き場で持ってきたゴミ袋を高い所に投げる我妻君を見ながら、感心していた。彼は決して可愛い見た目だけじゃない、状況を分析してちゃんと対応できる人だ、そう思うと、なんか変にちょっとだけ嬉しく感じてしまった。なぜだろう?
勿論、そう思ったことは絶対、言わない。これは秘密にしておこう。
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