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無いものねだり
演劇の練習が続いている。
いつまでも恥ずかしがってる場合じゃなくて、きちんとこなしていかないと、どう考えても本番に間に合いそうにない。
舞台装置もシンプルながらも、少しずつ形になっていくにつれて、焦りばかりに気持ちを支配されていた。
我妻君は舞台度胸がいいのか、やっぱりセリフ回しが上手いし、周りに見られながら演技をするのにも躊躇いがないようだ。
「清原さん、なんか堅いなぁ。もっと気持ち乗せて」
実は小学校の時に劇団に入っていたことが判明した安藤君に指摘されるのは、今日だけで何回目だろう。
私には無理なんだって・・・・そう言いたいところだけど、今更キャスティングは変えてもらえないだろうしなぁ。
ノリのいい我妻君とのシーンが多いから、どうしたところで私の下手さが際立ってしまう。
「清原さん、セリフ合わせだけでも二人でやってみない?」
見かねたであろう我妻君からそう提案された時は、ホント、わらにでも縋る勢いだった。沙耶も付き合ってくれたけど、本番の相手は我妻君なわけだから、彼との呼吸を合わせるのがいいに決まっている。
「お願いします」
即答だった。
それから、放課後や休み時間にセリフ合わせをするようになった。
二人で練習していれば、一人で暗記するより、ストーリーの流れが頭に入ってくるのが分かる。なんなら、動きをつけて、立ち位置の確認も出来るし。
一緒にいる時間が多くなると、彼の人となりも少しだけ分かってくるような気がしていた。悪い人ではないらしい。どっちかっていうと、いい人のカテゴリーに入りそうだ。
「我妻君って、こうゆう、人前に立ったりするの慣れてたりする?元演劇部とか?」
「演劇経験はないわ。元バスケ部だけど。この身長だからやめっちゃたけどね。舞台経験に関しては・・・・ああ、そう言えば、すっげぇ小さい頃、子供服のポスターに出たことはあるかも」
「へぇ、スゴイ。劇団に所属してたとか?」
「安藤じゃねぇし。そこまでじゃないけど、親がたまたま書類送って、オーディション受けて合格したみたいな感じ?」
「いよいよスゴイじゃない?」
「ガキの頃は可愛かったのよ、これでも」
彼の小さい頃を想像してしまった。彼は確かに今でも可愛い顔立ちをしている。でも、さすがに「可愛い」という表現は高校生男子にどうなんだろうと考えて、その発言は心の中に仕舞っておくことにした。そんなことを私が考えている内に、微妙な沈黙を我妻君が気にしてくれたようだ。彼は私よりずっと空気を読む。
「そこは軽く笑っておいてくれればいいから」
「ゴメン、いや、小さい頃の我妻君、絶対可愛かっただろうなって想像しちゃった。なんとなく分かるし。今だって、我妻君、女装すれば、女子で通りそうだし。だからジュリエット役も私のロミオよりずっと似合ってる」
私としては我妻君を褒めたつもりだったんだけど、彼はそうとってくれなかったらしい。
「どうせ童顔です。背も低いし。Tシャツ、短パンなら子供料金で通るって、この前言われたわ」
彼はイヤそうに言ったけど、私からすれば羨ましいの一言に尽きる。
「そうなんだ。いいなぁ、可愛いって言われた子供時代」
「どこが?」
「私なんて、小学校の頃から子供料金で通ろうとすると、よく呼び止められたし」
「それはそれで、何というか・・・」
我妻君、今、フォローの言葉、探してるでしょ?私は心の中でそう思ったから先に言っちゃおう。
「それはそれで、あんまり嬉しくないモノよ。それこそ軽く笑っておいてくれればいいから」
「お互い、無いものねだり?」
「そうゆうことになるのかなぁ・・・・」
なんか二人で笑い合ってしまった。
そうだね、無いものねだりかもしれないけど、それがお互いコンプレックスだったりするんだろうね。
この時、やっと我妻君を身近に感じることが出来たんだ。
そうだよね、みんな、それぞれ悩みがあるんだね。
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