サンタクロースはこないけれど

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 僕の名は、ケン。丸の内にある、トアル商社の新入社員、と言っても3年目。  三十路前のここ数年、僕のアパート前の大家さん宅の庭にある、モミの木に申し訳ばかりのクリスマスの飾りがされる。夜、もうすぐか?何時(いつ)消えるのか?という程度のウッスラと?少な目のランプのイルミネーションが灯る。高さ10mは有るだろう、そのモミの木には、もう少しバカリ煌めきが欲しいものだが、大家さんも御年だ。無理はできないだろう。ランプの連なるロープを、物干し竿で木に取り付ける。  何故、ここにモミの木が有るかと言えば、2~3年前のクリスマスイルミネーションとして、駅前広場に設置されていたのだ。が、クリスマスが終わった後にモミの木の処分をどするかが、町内商店会で議論されたそうだ。焼却処分するなら家に持って来てくれと大家さんが引き取りに手をあげたそうだ。  モミの木が駅前広場にあった時は、僕は君といた。眩くも神々しいクリスマスツリーの前で君とはしゃいでいた。それは、人生がどれだけ続くのかは知らないけれど、人生最高のひと時。  それより以前の学生の時、仲間と無理にでも盛り上がっていたものだ。  下北沢の友人の六畳一間のアパートに、二十人は詰めかけ、どんちゃん騒ぎ。アパート中の人も、役者、芸人志望の人が多く、乗りに乗って騒いでは、朝、雑魚寝の甘酸っぱい香りの中で目を覚ます。たしか、僕の右腕の中に君、長く褐色の髪をしたミクの顔があったのを覚えている。  それから、僕は、共同炊事場で顔を簡単に洗い、手酌で口を漱いだ。君は、簡単な身支度を整え、部屋の外の共用部分に出て来た。そして、僕と一緒にアパートを出て、ジャンクフードを漁りに行ったのだ。ただ、僕は、朝のコーヒーは、ハワイのフレーバーコーヒーをドリップして飲む主義だった。君は、僕のアパートに付いて来たんだ。それから、少しだけ長い二人の甘い香りの生活が続いた。  明日のことも、将来のことも、まして老後の事など、考えもしない。スイートシクラメンな生活を送る。  そして、燥いだクリスマス、なんのプレゼントもないけれど、燥ぎ過ぎた冬の日、僕と君はお別れをした。  なんで、あんなことを言ったのだろう。あんな、君を傷付けるような事を。イヤ、傷付けるために言い放った。  君は 「なんてこと言うのよ!なんで、そんなこと言うのよ!」 そう、叫んで、僕の右頬にビンタをいれて走り去った。そう、あの時から、君に会ってもいないし、連絡もしていない。  なんて言ったか? 「お前にも飽きて来たなあ~、醜く思えるようになった・・・・・・」  なんで、言ったか?  彼女は、僕に嵌り過ぎている。それよりも何よりも、僕以外の存在、生活を考えていない。僕は、神様は、貧乏神と死神しか信じてはいないが、神々しい君を、僕の沼にはめるのが怖かった。神様に申し訳ないと思っていた。君が僕を嫌いになって、僕の存在すら否定し、忘れ去って欲しいと願ったのだ。僕は、一生懸命、働くし、夢を追いかけるつもりである。しかし、僕は、これから、大人の泥沼に嵌っていく気がしている。僕は君が大好きで、隣に居るのが 当たり前の日々で、享楽的で、それが永遠でいいと思っていた。それでも、前の夜、夢を見たんだ。沼に嵌っていく君のあがらう姿。君の足を引き摺り込んでいる沼の中の自分。何時迄も、サンタクロースも来ない、クリスマスを君に過ごして欲しくなかった。  君と別れて3度目のクリスマス。僕は、仲間とどんちゃん騒ぎをするでもなく、ホテルのレストランに女性を誘うこともない。部屋で一人、キリストなる方の誕生日を祝う。シャンパンなどなく、チューハイだ。つまみに数日前に買ったシュトーレンの菓子。窓から向のモミの木の消え入りそうなイルミネーションを眺める。付け足しでもないが、昨年からアパートのベランダにクリスマスイルミネーションパネルを向のモミの木の付け足しに飾ることにした。メリークリスマス!ミク♡とライトチューブで英語表記した物だ。  静かで、ささやかなクリスマス。  僕は、目の前のささやかなモミの木のイルミネーションと自分の部屋のベランダのイルミネーションのささやかさに満足していた。部屋では、ラジオからビングクロスビーのホワイトクリスマスが流れている。ある光に僕は、ふと気づいた。何百メートルか先のマンションのベランダにも僕の部屋のベランダの物と同じようなイルミネーションパネルが灯されている。  手近にあった、最近、サッカー観戦用に買ったばかりのフィールドスコープ高性能双眼鏡を覗いてみた。  遠くて近い、そのイルミネーションには、メリークリスマス!ケン!と英字表記されていたのだ。僕は、その灯に軽くグラスをあげ、メリークリスマスを囁いた。
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