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「加藤さん大丈夫ですか?」  私とこっそり恋愛な関係にある女性社員が不安がっている。私が漏らしているか心配なのだろう。佐藤姓30人位と左藤姓も不安そうにこっちを見ている。 「大丈夫ではないですが、いちおう大丈夫です」と私は答える。漏れているが、まだ完全には漏れていない。 「佐藤悠太くん、ちょっと。部長がお呼びです」  私が佐藤悠太を手招きすると、緊張がほぐれたのか、残りの佐藤姓29人位と左藤姓が安堵のため息をもらすのがわかった。 「俺なんかミスりました?」と佐藤悠太。 「それをこれから確かめるんです」  入室するなり、部長は目尻を痙攣させながら顔を上げて机を叩く。 「サトウ! またお客様にタメ口きいたんだな!」 「いえ、加藤さんからご指導いただいてからタメ口けっこう気をつけてます」 「言い訳か! 先方から苦情がきてる! このメールを見ろ!」  私と佐藤悠太はメールをあらためた。たしかにサトウへの怒りが綴られている。しかし佐藤悠太の担当ではない。佐藤ちがいだ。 「部長、このお客様、俺の担当じゃないです、ちがいます」 「部長、たしかに佐藤悠太の担当ではありません」  私と佐藤悠太がそう釈明すると、部長は戸惑いながらも怒りで振り上げた拳をおさめられないようすで、 「あ゛! じゃあなんだ! だれなんだ! 担当のサトウは!」  そうまくし立てる。 「だれだって言うまえに、謝ってください、俺じゃないっす」  私はすごい勢いで佐藤悠太を見る。なんてことを言ってくれる。たしかに部長がいけないが、言い方ってものがあるだろう。  部長が私を睨む。私は少し漏れそうになる。 「くちがちょっと過ぎるかな佐藤くん、部署全体、会社全体の出来事、自分事として捉えましょう、部長は佐藤くんを責めているわけではありませんので」 「そ、そうだ! 加藤の言う通りだ! 勘ちがいも甚だしい!」 「勘ちがいしてないです、部長は俺がタメ口きいてるって決めつけました。一生懸命がんばってるのに疑われて、俺は精神的なダメージをこうむりました。こんな公開処刑みたいな仕打ちをうけるなんて。ひどい屈辱です。いちおう録音してましたので──」  佐藤悠太はポケットからボイスレコーダーをとりだして見せる。 「ど、どういうつもりだ!」  部長が私を見る。あきらかに戸惑っている。 「どういうつもりもなにも、録音しましたという事実をお伝えしました。俺に謝ってください」  部長がなおも私を見る。助け舟を求めている。 「佐藤くん、申し訳ない。すいませんでした。部長は申し訳ないと思ってらっしゃる。どうかそのへんで矛をおさめてもらえないかい?」  佐藤悠太はボイスレコーダーを掲げて部長を凝視している。 「加藤さんが謝ることじゃありません、わるいのは部長です。謝ってください」  佐藤悠太の毅然とした態度に強い意志を感じて漏れそうになる。私はぐっと力をこめる。 「部長、佐藤くん、私があらかじめそのメールを確かめず佐藤くんを呼んだのが原因です、申し訳ありません、原因は私です──」  私は股間にぬくもりを感じる。だめだ。一線を超えようとしているのだ。
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