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4
理不尽を量産する部長。理不尽に憤る佐藤雄大。沈黙が色濃くなり空気が重くなる。まずい。このままでは確実に漏れる。そろそろ終わりに導かないと私が終わる。
双方に歩み寄りを促そうと思った矢先、ドアが開く。佐藤浩二よ。お前もか。なぜノックしない。あえてやっているのか。
「だからノックしろ!!」
「すいません、したんですが弱かったみたいです……」
素直に下手に出たからか。部長の圧がやや弱い。
「で、なんだ、面談中だぞ!」
「あの、雄大が有給だったときの担当が私だったって聞こえたんですが、覚えがなくてそれで……」
「あ゛! どういうことだ!」
部長が私を見る。
「ちがうって言ってるぞ! どうなってんだ! 担当なんだろ!」
私を見ているが佐藤雄大に詰問しているのだろう。
「担当ですが浩二に引継して有給とりました。俺とか加藤さんじゃなくて浩二に訊いてください」
佐藤雄大が毅然と答えるから、すかさず私はフォローする。
「たいかにそうですね、どうでしょう、佐藤浩二くん」
佐藤浩二は戸惑っている。彼はタメ口するタイプの佐藤姓ではない。言葉遣いが丁寧なほうの佐藤姓だ。ほんとうに身に覚えがないのだろう。
「そのアポイントですが、先方からキャンセルの連絡がありまして、翌々日に伺いました。ですのでその日は内勤しておりました。佐藤裕一さんとか佐藤耕三さんと一緒にランチして退勤までオフィスにおりました。ですので私ではないはずなのですが……」
だれも先方に出向いていない。しかし佐藤姓のだれかに苦情が寄せられた。いったいどういうことか。
「なるほど、すこし整理しましょうか……」と私が提案すると、佐藤雄大が「加藤さん、整理するまでもありませんよ、先方が勘ちがいしてるんですよ、どうしてうちに苦情を送ってきたのか知りませんが、うちからは出向いてないんですからタメ口きけるわけありません」
「たしかに」と私は頷くと、佐藤雄大は「部長、謝ってください。悠太さんと俺と浩二さんに謝ってください、あと加藤さんにも」と続ける。
私は佐藤雄大と部長を交互に見る。状況はひっ迫している。火花が飛び散っている。落としどころはどこだ? まるっと解決するにはどうしたらいい?
まごつく私の傍らで「私は大丈夫です……」と佐藤浩二は謙遜する。私だって『私は大丈夫です』と便乗したいところだが言えない。部長には謝ってほしいが言えない。言ったら漏れるだろう。
上司を諌められず。部下を守れず。脆く漏れやすい、なんとも中途半端中間管理職で申し訳ない。許してくれ31人位いるサトウ姓たち。私はそのていどの人間なのだ。
私がモノローグに浸っていると、ドアが開く。次はだれだ。どのサトウだ。頼むからノックしてくれ。
「あの、日付ちがいますが、タメ口で苦情もらったの俺っす!」
そう言って入ってきたのは佐藤宗太だ。
部長と佐藤雄大と佐藤浩二が一斉に佐藤宗太を見る。さすがの佐藤雄大も佐藤宗太の「俺っす!」に驚いたようだ。上には上がいる。
私が言葉遣いを注意しようとすると、部長が机を叩く。「だからノックしろ!!」と怒鳴る。どうやら『俺っす!』ではないらしい。叩きまくった机はびしょ濡れだ。床までコーヒーが滴り落ちている。
5日の件の苦情を話していたのに佐藤宗太が5日ではない件の苦情を話し出してこの場の皆が当惑ぎみだ。またしても私の出番というわけである。
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