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「佐藤宗太くん、その件はまたべつの機会に」  部長の様子を伺いながら私が言うと、佐藤宗太は「いいんすか?」と答える。  すると閉まりかけていたドアが開く。またか。なぜ全員ノックしない。佐藤姓はノックしない血統なのか? そんなわけないだろう。 「5日の件じゃないですけど俺も苦情もらっちゃいました」 「すいません俺もです」 「あ、俺もです」  佐藤純一郎と佐藤幸太郎と佐藤聡一郎だ。ここぞというタイミングで入ってくる。狙っているのか。 「だからノックしろって言ってんだろ!!」  部長が机を叩く。顔が耳まで真っ赤だ。びしょびしょにこぼれているコーヒーがはねて白いシャツはコーヒーまみれだ。 「すいません空いてたもので」と佐藤純一郎がこたえる。 「ノックしなくてもいいかなと思ってしまって」と佐藤幸太郎も言い訳する。 「俺もです」と佐藤聡一郎が便乗する。 「いいからノックしろ!!」と部長が怒鳴るなり「部長、謝ってください」と佐藤雄大が詰め寄る。その傍らで「俺は戻っていいんっすかね?」と佐藤宗太が軽く訊くから「うるさい!!」と部長が机を叩く。コーヒーが部長の顔面に飛びはねる。 「うるさいのは部長だと思います」と佐藤悠太が空いたままのドアから入ってくるなり「だからノックしろ!!」と叫ぶ部長に「この状況ならノック不要だと思いますしそれより謝ってください」と佐藤雄大が食い下がるから「サトウ、お前らどいつもこいつもふざけるな!!」とその場の佐藤姓全員に憤りをぶちまけた。 「なんで全員サトウなんだ!! ふざけるな!!」 「ふざけてるのは部長です、佐藤は佐藤ですから」と佐藤悠太と佐藤雄大がこたえると「たしかにそうですね、俺たち生まれたときから佐藤でしたから」と佐藤浩二が相槌を打つ。  佐藤幸太郎がそわそわしながら「実は……俺は伊藤でしたが親が離婚したとき母の旧姓の佐藤になりました」と正直に打ち明けると「実は……俺も母親が再婚して佐藤になりました。旧姓は宇藤でした」と佐藤純一郎も真面目にこたえた。「俺も……むかしは江藤でした」と佐藤聡一郎もこっそり言う。  すると部長が「つまりお前らはずっとサトウじゃなかったんだな!!」と立ち上がり「しかしお前らはずっとサトウだ!!」と佐藤悠太と佐藤雄大を指さす。 「ずっと佐藤だとなんかいけないんっすか?」と佐藤宗太が空気を読まずに言い放つが、部長の目線は鍵爪だ。佐藤悠太と佐藤雄大に深く刺さっていて外れない。「俺もずっと佐藤ですけど、加藤さんってずっと加藤なんですか?」と訊いてくる佐藤宗太は頓珍漢だ。いったい訊いてどうしたいのか。  私が佐藤宗太をスルーしていると、部長が敵対的佐藤を睨みつけたまま「こたえろ加藤」と私に問う。「お前はずっと加藤なのか」と。私は加藤だが以前はサトウだった。しかも佐藤だ。「まさかサトウではないよな」と部長。苦情の件を話していたはずなのにいったいどういうことか。まるで魔女狩り。サトウ狩りではないか。  私は転職サイトを思い浮かべた。転職しよう。そうしよう。今は春だし、それがいい。できるなら次は佐藤姓の少ない会社がいい。給料は二の次だ。優先順位は佐藤姓が少ないこと。私は少しずつ漏らしながら、かつてじぶんが佐藤であった真実を打ち明けたのだった。
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