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「サトウを呼べ!」
部長が怒り心頭だ。もとから不機嫌な人だけど今朝はいつも以上だ。目尻が引き攣っている。こんな素敵な良いお天気なのに。嗚呼、なんてこった。有給とってお散歩する日にするべきだった。
MTGルームから怒声がもれているのだろう。みんなデスクで縮みあがっている。また漏らすのではないかと心配そうにちらちら私を見てくるが、申し訳ない、残念ながらもうすでに少し漏れている。
小心だから怖がるとアレが漏れる。今のところ一線を超えずに踏みとどまっているが、ほんの少し漏れている。トイレに行こうとしていたそのときに呼び止められたから、おそらく次が限界だろう。私は勇気をふり絞る。
「部長、どのサトウくんでしょうか?」
佐藤颯太。佐藤悠太。佐藤雄大。佐藤荘大。佐藤浩一。佐藤健。などなど。この部署に佐藤姓は30人位いる。ちなみに左藤姓も一人いる。
「どのって、サトウだよ! 例の!」
「例のとは……? 佐藤姓は30人位おりますので……」
「なんでサトウが30人もいるんだよ!」
「そう仰られましても……」
採用したのは私ではない。なぜ30人も佐藤姓がいるのか私が知りたいくらいだ。佐藤姓であることが採用条件なのか。狙っているのか。佐藤姓ばかり多くなれば業務に少なからず支障を来たすのは目に見えている。いったい人事部はどういう了見でいるのか。
「アレだよ、あの件のサトウだ!」
「あの件とは……?」
「お客様にタメ口きいたあの件のサトウだよ!」
おわった件ではなかったか。お客様にタメ口を聞く佐藤姓は私が把握するかぎり九人はいる。やらかしやすい筆頭は佐藤悠太か佐藤壮大だろう。でも佐藤悠太の件も佐藤壮大の件も先方に出向いてお詫びしてお許し頂いたはずだ。そのときも私はアレを少し漏らしながら膝におでこがくっつくほど平身低頭した。あの一件から佐藤壮大は接客から外したから佐藤悠太の件か。
「佐藤悠太かもしれませんが……なにかしたのでしょうか?」
佐藤悠太は軽すぎるノリで話す癖がある。ふだんはそれが強みだろうけど、仕事上の関係では好ましくない。本人に悪気がないから厄介だ。採用した人事課の見識を疑うが、部署の異なる私が言ったところでしようがない。
「まただよ、またタメ口だ! お客様がご立腹だ!」
私は申し訳ございませんと頭をさげる。そして佐藤悠太を呼びに退室する。
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