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首なし幽霊
ブロック状に切断された男性の身体が「井の頭公園」で見つかった。
1917年5月1日、日本最初の郊外公園として開園し、100年以上にわたって人々に親しまれている井の頭恩賜公園、通称「井の頭公園」。そんな公園で1994年4月23日、“惨劇”の証拠が見つかった。ブロック状に切断された男性の身体だ。
清掃員の女性は井の頭公園での作業中、ごみ箱にポリ袋を発見する。
「誰だい、また、家庭ごみを持ち込んで」
女性は、憤慨しながらポリ袋を掴み上げると、予想以上に重く、固さや形から単なる家庭ごみではないと感じた。
「何だい、これは、何が入っている?小動物の遺体…」
女性は恐る恐る開けてみるとそこには、男性の足首と思われるものが入っていた。
「ぎやぁ~」
その場で腰を抜かしていると、ランニング中の男性が近づいてき、事情を聴くとその場で警察に通報。その後の調査で公園のごみ箱の中から合計27個の人体の一部が発見された。バラバラ殺人事件の発覚だ。解剖によって死因を特定するためには、頭部と内臓を丹念に調べていく必要があったが見つかった部分は足と腕、胴体の一部で、胴体の大部分と頭部は見つからなかった。 遺体の指紋は入念にハサミで切り取られていたが、掌紋の一部が残されていた。
事件発覚の2日前の夜から行方が分からなくなり、捜索願も出されていた公園近くに住む建築士の男性(当時35歳)と掌紋が一致し、本人確認が取れた。
切断された遺体には、特徴的だった。遺体は切断しやすい関節部分を中心に切り離されることが多いが、井の頭公園に残されていた遺体はどれも寸法22cmのブロック状に切り分けられ、血をほぼ完全に抜かれていた。放置された遺体は、公園内の7ヵ所のごみ箱に投入されていた。ごみ箱は、事件発生後に撤去された。
警察はすぐに捜査するが、犯人の手掛かりは見つからなかった。被害者の男性周辺にはトラブルは一切なく、人間関係も良好だったという。
寸法22㎝の理由が判明した。井の頭公園に設置されていたゴミ箱の円形入り口から、引っかからずに入る奥行きサイズと一致したのだ。太い大腿部も同じ長さにされた上で、円形入り口の直径内に収まるよう、皮膚を削っている程の徹底ぶりだった。だとすれば、事前に遺棄する場所の直径と奥行きを調べていたことも含め、間違いなく計画的な犯行を示していた。
作業工程を増やしているにもかかわらず、人通りの少なくない公園での投機は、見つかっても構わないという明確な意志も感じさせる、不可解さを滲みだしていた。これは何かの見せしめではないのか、誰かと間違い急いで遺体を処理した〝人違い殺人〟なのではないかという疑いすら持たれた。
被害者には誰かに恨みを持たれていた可能性や宗教的な背景も出てこなかった。この事件が発覚する前、熊本県内でも似たようなバラバラ事件が起きていた。熊本大学の教授に電話で事件の特徴を確認したところ「バリを見なさい」と言われる。バリとは刃の特徴のことで、人間で言えば指紋にあたる。損壊にノコギリを使っているのであれば、バリの目の形が出ているはずだから、刃物の特徴を見ればどこで購入したのかがわかるということだった。
寸法22cmのブロック状に切り分けられ、血をほぼ完全に抜かれていた点から、精肉店や製氷業者、木材加工まで手広く捜査したが手掛かりは掴めないでいた。
犯罪動悸や人間関係が掴めないまま、捜査は暗礁に乗り上げた。2009年4月23日午前0時に「井の頭公園バラバラ殺人事件」と名付けられた事件は、公訴時効となり、未解決事件となり、迷宮入りしてしまった。
翌年、2010年4月27日に「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」が施行され、殺人罪などの公訴時効が廃止され、凶悪な重大犯罪未解決事件は時効が撤廃された。現在は、犯人が生存していれば、処罰できるようになっている。
井の頭公園では、人体を欠損した幽霊が出没するようになる。「首なし幽霊」だ。
あるカップルが公園を歩いていると、白っぽい人影を見かける。何かを探しているように俯いている。真夜中なので心配して様子を見ていると、不意にその女性が振り返った。その女性には、首がなかった。俯いていたように見えたのは頭がないためだった。 カップルの男性は幽霊を見て、女性を置いて慌てて逃げ出した。女性は何とか逃げ帰ったものの、男性との間に気まずい空気が流れるようになり、ほどなくして別れてしまった。元々あった井の頭池で公園のボートにカップルで乗ると別れる、という都市伝説がバラバラ殺人事件と組み合わされたのではと噂された。
「カップルが別れる」噂は女性に嫉妬し、カップルを別れさせる伝説を持つ弁財天に由来する説もある。カップルが乗ると別れるボートの都市伝説は、井の頭公園以外にも練馬区にある石神井公園、名古屋の東山公園、京都の嵐山、湘南の江の島など、全国に存在している。
井の頭公園には他にも白いワンピースを着ている女性の姿をした幽霊が池の中から現れると、生きた人間を手招きし、近づいた人間を池の中に引きずり込もうとする、という噂もある。
井の頭公園バラバラ殺人事件が由来だと語られているものが多いが被害者が男性であるのに対し、幽霊は女性と語られている点だ。では、なぜ被害者の性別が男から女へと変わっているのだろうか。
幽霊は白いワンピースを着ていることから、『リング』シリーズに登場する貞子を始め、『呪怨』の伽椰子など、白いワンピースを着た女性がは幽霊の典型的なビジュアルイメージと見なされたようだ。 また、体の一部を欠損した幽霊の話は多い。下半身を欠損したテケテケ、腕や足、下半身など、様々な部位を欠損した形で語られるカシマさんなどだ。首を欠損した幽霊だと、事故で失った自分の首を探してバイクで走る首なしライダーもある。井の頭公園バラバラ殺人事件で見つかっていないのは、頭部だけでなく胴体の大部分もだ。衝撃的な話のみが人々の印象に残り、それが話題の幽霊のイメージと結びついて、白いワンピースの女性の首なし幽霊という体の一部を欠損した幽霊を作り出したのかも知れない。
このように幽霊話は、その場所で起こった悲惨な事件、特に未解決の事件を風化させないために作り出されたものとも考えられるのではないだろうか。
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