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「あ……」
と、ポカンと口を開けたのは、喜一だけではない。ヘリコプターを見た誰もが同じ表情になっていた。そして機械音だけがやかましく鳴り、人の声が一切しなくなった校庭に、それは降り立った。
そしてプロペラが段々回転が遅くなり始めた時、やっと児童たちが正気を取り戻して騒ぎ始めた。喜一の教室でもみなが興奮したように囀り始め、教室の窓に鈴なりに集まって、校庭を見下ろし、ヘリコプター、そしてこれから降りてくるであろう龍人を一目見ようとしていた。
「すごい!」
「なんやこれ!ほんまもんや!帰ったらお母ちゃんに言ったろ!」
喜一は、ふと、父の言葉を思い出している。
【絶対に龍人とは会ったらあかん】
(でも……龍人かて同じ人間や。少し見るくらいなら……ええやろ)
そう思った時、先生たちが手を振りながら、校庭にいる子供達や、校舎から見下ろしている子らに向かって口々に叫んだ。
「見るなー!カーテンを閉めろ!見たらあかんぞー!目を、塞げー!」
……プロペラがゆっくりと、停止する。パイロットが降りてくる。そしてパイロットが後部にある扉の取っ手に手をかけて、勢いよく扉を開いた。
そこから出てきたのはまず、黒服の男。その男が中の人間達に会釈して、脇に立った。
最初に見えた龍人は、背が高く、銀と灰色が混じったような光沢のあるスーツを着込んでいた。それからもっと、背の高い男がもう一人。背広をわきに抱え、山ぶどう色が基になっているペイズリー柄のチョッキを身に着けている男だ。どちらも、端正な顔立ちだった。
が。
それを見た瞬間、喜一は背中がぞわっ、とした。
なぜか、恐怖を感じたのだ。
見てはいけないもの、というよりも、【見られてはいけない】と、自分の中で、何かが囁いた。
そして、そのシグナルを受けたのは、喜一だけではない。
来訪者以外の、全ての人々が、硬直していた。
彼等を普段耕人や花人が目にすることは滅多にない。テレビ画面の中で見る事はあるが、直接目にする機会がはほとんどの人間が生涯ない、というのが普通である。
龍人はこの社会の仕組みや道理を作り、耕人や花人がその歯車になる。
つまりは、支配者だ。
それも、何百年、何千年。長い長い年月、人間社会の頂点に君臨し続ける人種だ。
いつしか耕人、花人の血には、彼らを畏れよ、という意思が混じっていた。
龍人。彼らはまさに特別な存在なのである。
時が止まったような空間で、最初に沈黙を破ったのは山ぶどう色のチョッキを着た男だった。少しくせ毛の、浅黒い肌の男だ。彼がぐるりと、固まっている者共を見渡し、「ははははは」と大声で笑った。
その瞬間にある児童は大声で泣き叫び、ある児童はその場で失神し、ある児童は「うっ」と叫んで嘔吐したのだ。それからは阿鼻叫喚である。生徒が悲鳴を上げて散り散りに校舎へ逃げていく。先生たちが「落ち着いて中に入りなさい!」と言いながら彼らの顔も青ざめている。校内でも「カーテンを閉めろー」と先生が叫んで回っていた。
喜一は呆然としていた。龍人が全く違う生き物であることを悟った。
(あんなん……人間と違う……見ただけで、震えが止まらへん……お父ちゃんが言う事は正しかった。あいつらに、会ったら終わりや……捕まったらあかん……。そやけど……あいつらはなんでこんなところに来たんやろう……)
喜一はカーテンを閉めながら、校庭をちらりと見ると、丁度そこには黒塗りのリムジンが入ってくるところだった。恐らく彼らを迎えに来たのだろう。
一体どこへ行くのか。
龍人達が車に乗り込む。そして、校庭を出た車が道路を走る。
その方向には、【極楽町】がある。
車の姿が見えなくなるまで見ていた喜一は、なにか、嫌な予感がした。
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