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あのヘリコプターの騒動があって、学校は六限目がなくなった。掃除当番の子供達を除いて下校するようにと告げられたのだ。それを聞いた喜一はいの一番に学校を飛び出した。ただ無性に胸騒ぎがした。龍人と、花人。それにしっくりくるのが喜一の両親だ。
喜一は走り出す。国道沿いをまっすぐ行けば、大きくてケバケバしい看板が沢山見えてくる。「極上の体験!」「現代の人魚姫!快楽をあなたに!」「日本の極楽はここにあり!極楽町へ来たれ、男よ!」その看板を見上げながら走っていると、向こうからも、誰か走ってくる。
一人ではなかった。
数人でもなかった。
十数人だった。
女、男。
どれも、美しくか弱い生き物。
花人達が着の身着のままで逃げ出してきている。あるものはネグリジェのままで、あるものは裸足のままで、必死の形相で道を走っている。
その中に両親はいなかった。
ネグリジェ、着物、ほとんど何も着ていないような格好で走る女や、男。
その中に見知った顔があった。隣に住んでいるキクちゃんという女の花人だ。キクちゃんは喜一を見るなり立ち止まって「うわー」と言いながら喜一を抱きしめた。
「キーチ!あんたどうして、こんな時間に」
「学校が早引けになったんじゃ。キクちゃんこそどうしたんや」
「そ、それがなあ……大変なことになってる……」
「大変なこと?」
「そうや……あいつらが来た……龍人や。あいつらが来よったんや……!キーチも逃げよ、はよ逃げよ!」
「ま、待って……。お母ちゃんとお父ちゃんは?」
「キーチ」
スッ、とキクちゃんが表情を失くして頭を横に二回振った。
「あいつらはな……、あんたのおとうちゃん、おかあちゃんを探しに来たんや……。耕人の男衆や女衆でな……宴席を設けてご機嫌取りをしようとしてる……。あの人らかて鬼やない。「はよ逃げやい」って言うてくれた。鬼はな、龍人や。花人を取って食う鬼や。あいつらにかかったらうちらは人間やない。そやけど……おとうちゃんおかあちゃんはあかんかもしれん……耕人さんかて龍人に逆らうことはできひんから……。そやし、キーチ。あんただけでも逃げなあかん」
「いやや」
「キーチ!」
「絶対嫌じゃボケェ!家族なんじゃ、お父ちゃんとお母ちゃん、見捨てて逃げられるかーー!」
そう叫んで喜一はキクちゃんの腕を振り払い、走り始める。その後ろから、キクちゃんの声が聞こえた。
「龍人には勝てへん!うちらはそういう風に生まれたんやでーー!」
(そんなん、解ってる!今日でよう解った!俺らは、龍人に逆らえへんように出来てる!そやけど……そやからなんやと言うねん!ああ……神様たのんます……頼むから……俺からお父ちゃんとお母ちゃん……奪わんといて……)
走っていると、なぜか涙が溢れてきた。だが、今泣くわけには行かない。喜一はとにかく走って走って……自分の家にたどり着いた。鍵はかかっている。息を切らしながらランドセルを降ろし、鍵を取り出す。そして「お母ちゃん、お父ちゃんがいますように……」と祈りながら鍵をドアの鍵穴に差し込み、そして扉を開けた。
誰もいなかった。
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