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母も、囁いた。
「お願いや……キーチ……うちらはもう、離れ離れになりとうない……。龍人に首を噛まれたら、おしまいや……。あの人ら……うちらを探しに来てるんやって……。キーチ……お父ちゃん、お母ちゃん……弱くてごめん……そうやけど……このまま死なせて……一緒に死なせて……」
母が毛布をめくると、そこはお揃いの赤襦袢を着ている父と母の体があった。どちらも、前がはだけていた。お互いの片方の手を、腰紐でグルグルと固く結んでいる。
母の首にも腰紐が巻き付いている。
そして父はもう一本、自分の首に腰紐を巻いた。
父が母の首に巻き付いた腰紐の両端を握る。母は目を瞑り。
父は再度息子に懇願した。
「おばちゃんが帰る前にやってほしい……。龍人から逃げるには、この世から脱するしかないんや……親として最低な事を頼んでいるのは解ってる……でも……キーチ……もう……他に逃げ場所がない……」
「おとうちゃん、おかあちゃん……俺は……俺はどうしたらええんや……二人……俺を置いてく気なんか」
「キーチ……君はまだ、未来がある……それに、君はとてもかっこええから……龍人は君を連れてったりせえへん……幸せになってな……」
そう言って父は自分の手に力を込めて、母の首をゆっくりと腰紐で締めていく。しゅるる……桃色の紐が、動き、輪が細くなり……母の眉がぴくん、とあがる。喜一は、やむなく父の首に巻かれた腰紐を両手で握った。しゅるる……やりたくない。だが、両親の気持ちは痛い程解った。殺したくない。人を殺したくない。ましてや、大好きな両親を死なせたくない。
けれど、彼らの幸福は。
あの世へ逝く事なのだ。
「ちくしょう……」
キーチは涙を流しながら憤った。
(なんで。俺らがなにをした。何もしてない。殺したくない。そやけど……殺さなあかん……好きやから……殺さなあかん……。ほんまは縋りついて、「嫌や」と言いたい。「僕も一緒に連れてって」と言いたい。そやけど……そやけど……多分……それは……あかんのや……)
「ああ……」
両親が苦しそうに、だが幸せそうに吐息を漏らす。
そして、父がぐぐっ……と母の首を強く、絞め始めたその時だった。
「逃げてーー!逃げるんやでーー!」
おばさんの大きな声が、喜一達の耳に入った。大きな物音がする。なんだ、と思っている間に喧騒が広がった。両親が手を握りあった。
「あんた……」
「解ってる……。お前だけでも殺したる」
「あかん、そんなんしたらあんたは」
「ええんや、あの世で待っててな……」
そうして父が母を床に押し付け、今度は手でぐっ、と首を絞める。力を込めて、締め上げる。母は叫んだ。
「早う、私……死んで、死んでしまいたい!早う……殺してえええ」
「つるええ……愛してる……」
「わたしもや……!」
しかし、母が逝く前に、それは来た。
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