幼少・少年編

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幼少・少年編

市原喜一が生を授かった世界には、三つの性があった。 今でこそ、欧米流にアルファ、ベータ、オメガと称されるそれは、古来の日本では【龍人(りゅうじん)】【耕人(こうじん)】【花人(かじん)】と名付けられていた。 龍人という人種は神と崇められていた何者かの、子孫であったと言われている。一説には神だとも、言う。運動能力、頭脳共に優れていて、他の人種は彼らに見つめられると、畏怖を覚えるのだ。それはもう遺伝子に備わっている情報、だとしか言えないほどの反射的行動なのだった。 耕人はいわゆる特色も持たず、龍人が統べる社会で黙々と働き一生を終える人々の事だ。彼らが一番、人種の数としてはもっとも多く、そう言った意味では地道に繁栄していると言っても過言ではない。 花人。彼らは男女ともに繁殖機能を携えて生まれる。常にほのかに甘い匂いがする。例えるなら花の匂いだ。花人の女性はその他の人種と変わりがないが、男性がもっとも異色といえる。 彼等は孕む。 しかし孕ませることができるのは龍人の男性だけだ。花人はみな美しく、細く、そして匂う。龍人は、龍人と番わない。主に花人を娶る事になっている。それが花人にとっても幸福なのだ。彼らは実に快楽に弱い人種で、人によりまちまちであるが、発情期がくる。多い人間で一か月に一度、少ない人間で半年に一度。彼らは体臭と言う形でフェロモンを出す。望む、望まざる。そんなことはどうでもいい。ただ、そのように出来ていた。龍人と花人は耕人と違い、圧倒的に数は少ないが、確かに存在し、そして美しく、鑑賞用や貴人の繁殖用に育てられる花人以外は差別される事も多かった。なぜなら快楽に弱い彼らは耕人の中では同じように働けず、体を売って暮らすことが多かった。 この世界で言う所の【花街】というのは、主に、花人が性を売っている場所のことを指した。 その文化は脈々と現代にまで繋がっている。 花人。龍人と対を為す人種。特別な人種。だが、龍人とはまるで違う。か弱く、性にだらしなく、誰かの庇護のもとでしか生きられない者達。 花人は龍人と似て非なるもの。海にいる(たつ)の落とし子のようなものだ。そういう訳で花人は竜の落とし子とも呼ばれていた。 市川は花人の母と父を持っていた。 市川は生粋のオメガである。 ただし、彼の父と母は他の花人よりも幾分がっしりとした体つきであったのと、【先祖返り】と呼ばれる人体の不思議のせいで、市川は幼少期から、耕人と変わらぬ体格、顔つきだった。花人の特徴である体臭もそれほどきつくはない。市川の両親が育ったのは京都の丹波の山奥だったという。そこには花人が村を作ってひっそり生きていた。ときたま炭を売り、獣を罠で仕留め。近隣の人間と物々交換をしていた。 おりしも、戦争が終わり、戦後が過ぎ。日本は高度成長期を迎え、華やいでいるころであった。 その山は一体誰の物だったのか、定かではなかった。花人達が身を寄せ合って生きている村だ。耕人達の差別、龍人たちに項を噛まれれば一生服従せねばならない自分の業。そんなものを気にすることなく生きる事ができた村は、ある日、終わりを迎えてしまう。山奥にゴルフ場の建設が持ち上がり、やってきた人々に、花人達は見つかってしまったのだ。 その花人達は、血が濃かった。
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