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野崎聡美は花人としては見劣りはするが、耕人や【外道】と比べると、とびきりの美男子だった。それに人たらしでもある。微笑み方も、女性への気遣いの仕方も心得ているし、誰にでも甘え上手だ。
ふっ、と誰かの肩に触れたかと思うと、次の瞬間にはその誰かさんの胸へ飛び込むような勢いで人との距離をつめるが、それがいやらしくないのはこの男の天性の才能だ。
女にも、男にも、よくもてた。と夕食の時におっさんは冷酒を飲みながら喜一に言った。
「こいつのあだ名はのう、【丹波の毒キノコ】じゃ。十二で童貞を捨てよったら、あれよあれよとジゴロのような真似をしくさってのう……」
「ははは、お父ちゃん。俺は丹波産の両親から生まれたが、生まれや育ちはここやから、言うなれば【堅田の毒キノコ】じゃろう」
「じゃかましい。お前のような毒キノコはな……丹波の山にしか育たんわい……」
「ははは、そうか、そうか」
大袈裟に聡美が笑うのを不思議そうに見ながら喜一は出前の鰻をつつく。しばらく経ってから、聞いた。
「あの……、なんで毒キノコってあだ名なんや?」
そう聞くとおっさんと聡美が顔を見合わせてから、二人ともにんまりと笑って喜一を見つめ、おっさんが膝をうった。
「わはは、聞いたか聡美。お前の弟はウブで可愛いやろう」
「ほんまや。キーチは可愛いなあ」
二人に意味深に笑われると腹が立つ。むっ、と膨れた表情を隠しもせずに飯を口に放り込んでいると、グラスに注がれた常温の日本酒をぐいっ、と煽った美丈夫が喜一の傍にやってきて囁いた。
「なんでか、教えたろうか」
「え」
「お前、筆おろしは終わったんか」
「なんで、そんなこと」
「ええから、言うてみい」
「お、終わっとるわい」
「相手は女か」
「決まっとる」
「ほうか、ほうか。ほんなら男はまだか……そんなら……尻の穴もまだ……嬲ってもろうた事はないんやろう」
「なんやて」
「俺が、教えてやろうか、キーチ」
「なにを、いらんわ、そんなこと!冗談でもおもろない」
「なにが、冗談や。俺らはこんな姿なりでも花人じゃ。キーチ、俺らは耕人やないで?耕人の中で、耕人のように振舞って生きるんが正解やない。俺らは花人じゃ。誇れ!なあ、キーチ!俺が教えたるわい」
「いらん、いらんわい」
「いいや、いる!いるんやで……」
聡美がぐっ、と顔を近づける。喜一の前に美しい男が、瞳に星を携えて、こちらを見つめてくる。まるでこいつは悪い女や、というような事を喜一は思った。
どこかこの男には危うさがある。美しく華やかな顔、形とは裏腹に喜一がぐっ、と堪えてきた性に奔放である花人の性質だとか、花人は親を奪われても仕方のないといわんばかりの世界のシステムだとか。そんなものを一切合切蹴破って、力づくで変えようとするような、血生臭さや強引さが言動の節々に見てとれるのだ。
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