幼少・少年編

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総勢五十人ほどの集落だったので、いわゆる近親婚が進んでおり、誰も彼も顔がよく似ていた。 髪は濡れた鴉の羽、山暮らしが長かったのか、獣の肉を食べて生きていたからか。長身で、しなやかな体をしている。 そしてその者達は、つつましくも百合のような匂いをさせていた。 その者達は純粋な花人で、花人同士で繁殖をしていた。 百合のような匂いのする。そんな花人は他の地域にはいなかった。恐らく度重なる近親婚によって血が濃くなったのだろう。 つまり、彼等は唯一無二の、花人であった。それはつまるところ、現代社会においては、その村の花人は【価値】があった。 捕まえて龍人に売れば良い金になる。 山を追われ、山から下りてきた花人達はあっという間に散り散りになった。龍人の番になった者も多くあった。観賞用として金持ちの部屋に閉じ込められて、ほろほろと涙を落とした者もいた。 市川喜一の両親は、滋賀の湖西にある、一大ソープ街【極楽町(ごくらくちょう)】と言う所に売り飛ばされた。 父と母はお互いを決して離しはしなかった。美しく、弱弱しい容姿とは裏腹に、彼等の意思は固く、真実だった。どちらと離れても、死ぬ。そう言ってお互いを抱きしめていたのだ。瓜二つの顔で。 「うちらを離したら、舌噛んで死ぬ」 と父が自分達を値踏みする香具師たちを睨みつけて言えば、母も頷く。 参ったなあ、くらいは香具師たちは言ったかもしれない。そしてこうも、思った。 「瓜二つの顔で、性別が違う。夫婦を同時に犯せるのも、面白い余興だ」 だから市川の両親は、二人で一つ。客を取る時も、必ず二人で男達を喜ばせる【夫婦泡姫】としてソープ街の一大名物になったのだった。 それから二年後の事だ。 市川喜一、と名付けられた花人が生まれた。 だが、彼は美しくなかった。平凡な耕人のような容姿だった。 それを、両親はとても喜んだのだ。
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