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乱暴者。
聡美にはそんな言葉が良く似合った。
「お父ちゃん、そろそろ寝るわ。俺はキーチの部屋で寝る。飯食ったらキーチも来い。今夜は二人で寝るんやで」
「何を勝手なことを」
喜一が反論しようとしたが、聡美にはまるで聞こえない。
「あいつはの。自分に都合の悪い事は聴こえへんのじゃ……」
ドカドカ、と荒々しい足音を立てながら勝手に喜一の部屋に向かう聡美を止めようとした喜一の隣で酒を飲みながらしみじみと野崎のおっさんが呟いた。「まあ、お互い仲良うして、損はないやろ。後は若いもんで塩梅よくしてくれや……」と言っておっさんも一升瓶を抱えて部屋に帰ってしまった。後片付けもせず。
「なんちゅう大人達や……ええ年しよって、しょうもないのう」
悪態をつきながら喜一は飯を食い、あらかた片付けてから煙草を取り出して咥え、火をつけた。煙を吸う。吸いながら、居間の天井近くに取り付けた神棚を見やった。そこには近所の神社のお札と一緒に、両親と住んでいた部屋から持ってきた龍滅丸の瓶が供えてあるのだった。もちろん、中身は毎年変えるようにしている。
この薬は花人の中で密かに流通しているものだ。中身は漢方……というよりも自然の花や草の根を利用した素朴なものだ。だが、チョウセンアサガオやホオズキ、エニシダなどが練り込まれているので多量に飲みこんだり、長期に渡って使用するのはよくない薬だ。チョウセンアサガオには幻覚作用があるし、他の草木にも手足のしびれ、嘔吐などの副作用がある。
万が一。万が一龍人に襲われて。万が一。項を噛まれずに逃げられた場合。
自分の体に害があっても、龍人の子を身籠るよりはましだと、思ったらこれを飲む。
それほど花人にとっては龍人の子を孕むというのはは恐ろしい物なのだった。
項を噛まれることは、まるで死ぬと同等の行為だ。考えただけで喜一は脳裏に両親の、あの変わりようが走馬灯のようによぎり、とんでもなく悲しく、そして途方もなく虚しくなる。
(俺は、花人やが……別にどうでもええ……。誇ってなにがええことあるんじゃ……。お父ちゃん、お母ちゃんみたいに美しくもない。ただ、股が濡れる。匂いがする。それも、憎い龍人の為の孕み腹じゃ。くそ憎らしいのは自分の性じゃ。俺らは……花人はなんの為に生まれてきたんや。龍人の為なんか。俺らには自由がないんか。俺はよく……そんなことを考える。あの、聡美はどうも、俺とは性格が合わん気がする。お山には行きたいが……。毎日がこうでは……たまらんのう……)
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