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それから二年後、喜一が十七になった頃、聡美が極楽町に念願の中古の四階建てのビルを買った。
そのビルを改築し、二つの入り口を作り、同時に二店舗、風俗店を経営することにしたのだ。
一店舗目は【極楽蝶】と言う。それは生粋の花人達が天女の恰好をして待ち構えているソープ・ランドだ。高級、高品質を売りにしていて、女も男も、どれも一級品だった。
二店舗目は【地獄蝶】と言う。それは【外道】と呼ばれる花人の女達がけばけばしい化粧をして広いフロアでポールダンスやストリップ・ショーなどを行うのだった。そこで酒も飲めるようになっていて、騒がしい空気の中、女の体を肴に酒を飲むだけでもいい。気に入った子がいれば指名をして、一晩買う事も可能だった。【外道】といえども、花人は花人。良い匂いがするし、色事はお手の物だったし、なによりも安い。安い割に随分楽しめると話題になった。
では男の外道はどうなのかと言うと。
徒党を組んで極楽町の見回りを買って出た。もちろん元々の極楽町の縄張りはあったが、そこは人たらしの聡美の出番である。単身やくざの事務所に乗り込んで、三時間ほどみっちりと喋った結果、上納金を納めればよしとするという事になった。
「まあ、同じ系列のやくざの盃をもろとるということもあったが……。話が分かるええ奴で良かったわい」
「ははは……サト兄にかかればみんな、ええ奴という事になる……たまらんのう」
「なんや……含みのある笑い……気に食わんのう……」
「ふふふ……ええやろ……男はなんでもべらべら喋らんのじゃ……」
二人の男が笑い合う。
一人は瞳が印象的である。目に星が入っている、と言われる瞳は健在で、野崎聡美は相変わらずよくもてたし、人に懐かれた。
もう一人はあれから随分精悍になった、市川喜一である。十五の時より少し背が伸びたが大概猫背で背中を丸めているので、背丈が伸びた事はおっさんと野崎以外は誰も気が付かなかった。
野崎と市川は二年、辛抱した。先立つ物がなければ大金は掴めない。
二人には夢があった。
それは二人の両親の出身地、丹波の【山の中】の権利を手に入れる事だ。それには、金が要る。そして、仲間も要る。
「俺に考えがある」
二年前、出所してからしばらくたったある日、野崎はそう言った。煙草を咥えながら市川は「そうか」と頷いた。
「あんたがそういうのなら、俺はあんたについていく。あんたと俺は一心同体や」
市川が答えると、嬉しそうに野崎は市川の頭を撫でた。
「お前がいたら、俺は頑張れる。悪いが……お前にも修羅道、通ってもらう……すまんのう」
「うん、ええよ」
市川が素直に返事をする。
「なんでもええ、あんたが言うなら俺は人でも殺せるわい」
「物騒やな……。大丈夫や、人は殺さん……」
野崎の目がぎらついた。
「人殺し以外の事、なんでもする。金が必要や。それでな……俺らみたいな外道も極楽町ごくらくちょうに呼んだろう、酷い仕打ちをされてる花人も買ってやろう。なあ……キーチ。俺はな……ここを【花街】にしたいんや……。花人や【外道】で満たしたい。ここを、一大花街にしてな……、みんな仲間になるんや……。もう……一人ぼっちはみんな嫌やろ……。そして……【山の中】にな、ぞろぞろ歩いていくんやで……。それで……段々畑のな……」
「うん……まぐあう場所で皆でエッチするんやろ……聞き飽きたわい」
「ええやろ……?ええ事は何度でも言うたらええんじゃ。そやからの……キーチ」
「うん」
野崎の言葉に市川が頷く。
「悪いが、二年。辛抱してくれ」
「うん、解っとる。あんたと、俺。二人やったら何しても、ええ」
「内容は聞かんのか」
「聞いても聞かんでも、俺は首を縦にしか振らへんと決めとるから聞く必要ないやろ」
「ほうか……俺はええ弟分を持った」
野崎がにっこり笑えば、市川もにやり、と頬を歪めて笑う真似をする。いつの頃からか、市川は野崎の事を【サト兄】と呼ぶようになった。二人はまるで本当の兄弟のようでありながら、性交もした。まぐわった。不思議な事に、野崎の発情期は二か月に一度の一週間、であったのにもかかわらず、市川といるうちになぜか一か月に三日、というサイクルに落ち着いてしまったのだ。不思議だ、と市川が言えば、珍しい事ではない、と野崎が答えた。
「大勢で生活しとったら、サイクルがまちまちでは困るやろう……。大なり小なり違うが、花人が一緒に暮らすと発情期が重なるようになることもあるらしい」
「ほうか……」
「その方がお互いにええやろう?」
「そうやな」
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