108人が本棚に入れています
本棚に追加
二人には、故郷がない。
親もいない。
誇りもない。
外道、と言われ、生まれついた時からレッテルを貼られてきた。この世界の最下層の人種だった。
そんな彼らにとって、【山の中】は自分達が生きられる、唯一の楽園のようにも思えていた。
だから、山を買いたい。
それだけが二人の夢だった。
同様に他の【外道】や花人も、そんな思いは少なからずあったのだ。
そして、山へ行く日が来た。
初夏。少し暑くなってきた時期に市川たちは希望者を募り、マイクロバスを四台借りて丹波へ行った。
総勢百二十名と、少し。
というのは百二十名は花人や外道であったが、二、三名若干毛色の違う同行者が現れたのだ。それは耕人と結婚した花人の子供達であった。
「すんまへん……お門違いやと解ってます……この子は耕人の血を強くひいてるから、花人やない……そうやけど、花人が住んでた村……まぐわいの場所……見せたいんですわ……」
そう言って頭を下げる花人の親達に連れられてやってきた子供の中に、金原進かねはら すすむという子がいた。十歳だと言うその子は極楽町の【極楽蝶】で働くソープ嬢の息子であった。従業員に頭を下げられた市川は困ったように野崎を見ると、野崎はにかっ、と笑って「ええよ」と答えた。
「もちろんやで!ボウズ、【山の中】に行きたいか」
野崎が聞くと、きりっ、とした目で金原は野崎と市川を見つめて「はい」と言った。
「僕……体は耕人ですけど……心は花人やと思ってます。僕、母ちゃんの匂いが好きや。花人は綺麗やから好きや。お願いします。僕を仲間外れにせんとってください」
「あほやな……そんなこと、絶対にせえへん。なあ、キーチ」
「うん……ボウズ……俺らはな、ずっと仲間外れにされてた人間達なんや。そやからな……仲間は絶対に仲間外れせえへん。よう覚えとき」
「はい!ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる子供に皆は笑い合った。さあ、行こうか。野崎の声と共に旅が始まった。
滋賀の小河から丹波までは二時間と少し。たったこれだけの距離を、俺達は何年かけてたどり着いたのだろうか、という事を野崎が酒を飲みながらぼそりと呟く。それを「飲みすぎやで」と軽くいなして酒を取り上げると、「何をするねん」と野崎が不機嫌になる。「あほう、大変なのはこれからやど。【山の中】は奥深い山の先や。今から飲んだら、事故にあうわい」と言って茶化せば、「それもそうやな」とすぐに機嫌がよくなった。まったく……と肩をすくめながらふと視線を感じてそちらに目をやると、先ほどの金原がじっ、と市川を見つめていた。市川は子供が好きではない。むしろ苦手である。
「なんや……?」
そう言うと金原が質問した。
「お兄さんは、花人なん……?」
「おう……【外道】やけどな」
「【外道】?」
「うーん……最近は純血の花人も減ってきて子供の外道もおらへんしな。珍しいかもしれんが、俺や野崎の兄ィは純粋な花人や……。お前と同じ姿をしとるけどな……」
「ええなあ……」
「なんでや」
「僕……母ちゃんが好きや。そやけど、顔も匂いも違うから……悲しいんや」
「そうか……。ボウズ。俺のお母ちゃん、お父ちゃんはな、それはそれは綺麗な花人やった。俺は【先祖返り】言うてな……親に似ないで耕人によく似て生まれてきてしもた。それが悲しくて、やりきれなくてな……。そやからお前の気持ちはよく解る……」
「お兄さん」
「おう」
「僕が大人になったら……お兄さんの元で働いてもええですか?」
「なんやて?お前は耕人とそっくりなんやから、普通の学校言って、大学行って、ええ会社入ったらええやんけ」
「でも……やっぱり違うんや」
「なにがや」
「僕は、気持ちは花人や。この人達と一緒にいたい」
そう言う金原の目はまっすぐで、迷いがなかった。それを市川は逃げることなく、じっと見つめて「そうか……」とだけ言った。それからこうも、言った。
「まあ、あと五年か、十年……大人になってもその思いが消えへんかったらええけどな……。まあ今度、事務所にでも、遊びに来ても、ええで」
「ありがとうございます!」
「ふふふ……変わった奴やのお……」
そう言いながら市川は窓に目をやる。いつのまにかうっそうとした山と、ぽつん、ぽつん、と建った民家ばかりの風景になっていた。もうすぐ着きますよ、と運転手が気楽な声で言う。
山。山。山。
深い緑の、大きい山々が見えた。
(あれだ……)
市川はすぐに、一つの山に気が付いた。本能が言っている。
あれが、【山の中】がある、山だ。
最初のコメントを投稿しよう!