幼少・少年編

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「俺はお父ちゃんの子やないって、みんな言うんや」 「そうか」 「お前はお母ちゃんを客が孕ましてできた子やって」 「そうか」 「そやけどお前も花の匂いがするって」 「そおか、そおか」 父は大泣きする喜一を抱きしめて頭に鼻を埋め、すう……と匂いを嗅いでから母を呼んだ。 「つるえ、お前も嗅いでみい。エエ匂い、するなあ」 「うん?」 「僕らのかわいい子供、花人の子供や。こんなにええ匂いのする子供が、耕人な訳ないもんなあ?」 「どーれ、どれ。お母ちゃんも、キーチのええ匂い、嗅いだろっ」 そう言って母がエプロンを外してこちらにやってくる。母も父も、良く似ていた。腰まである長い髪もお揃いだ。似ていないのは喜一だけだった。それは、「先祖返り」というらしい。ご先祖様の誰かの顔や形の特徴が、子供や孫ではなくて、何代目かの後にふっと出ることがあるらしい。両親の村ではたまにそういうことがあったという。だから全く心配しなくていいという。だって、と言う。 「こんなにええ百合の匂いがするのはうちらの子だけやで」 そう言って父と母は喜一のほっぺをついばみ、指にキスをして、そして二人して抱きしめてくれる。 本当の所、喜一は知っていた。自分のような子供が極楽町にも、他の町にもいることを。 花人は美しい。けれども、全てがそうある訳ではない。美しさを進化に組み込んだ花人。けれどもほころびも出てくる。美しさを身に纏えずに、花の香りだけがする子供達。 そういう子供達は【外道】と呼ばれる。雌が卵を孕み、雄の腹に卵を産み付けて、雄が子供達を孵す。女も男も、孕む。そんな性質もあいまって、花人は竜の落とし子ともよばれているが、それにちなんで釣りの用語で狙っている本命以外の魚や釣っても食べられない魚の事を外道と言う。喜一のような子供にもその言葉を当てはめたのだ。香具師達は喜一を見てため息をつく。美しくない花人は花人ではない。 「可哀そうになあ。外道の子は体も売れへん。精々掃除夫か、工場で働くしかないんや。お前が両親のように美しければなあ」 (俺は出来損ないや。父ちゃんや母ちゃんの様に美しかったら) そんな風に思えば思う程、喜一の涙は次から次へと溢れ出て、止まらない。 父と母は困った顔をしながらも、泣くのはおやめ、とは言わなかった。 喜一が泣き止むのを待ってから、父は筆を持った。 そして、和紙で作られた香典袋にさらさら……と誰かの名前を書く。 薄墨で書かれた文字が紙に少し滲んだ。
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