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それから三日後。
喜一は龍人に会った。
その日、喜一は昼休みにも関わらず、一人で机に向かっていた。机の上には先生に「今日の五限目までに書き直しなさい」と言われた作文がある。テーマは【将来の夢】だった。他の子供達は無邪気に「ケーキ屋さん」だとか「パイロット」という夢を書いたが、喜一は「掃除のおっさん」と書いた。その理由を「俺は花人で、外道やから普通の人みたいに生きられないから」と書いたのだ。担任の先生はこう諭す。
「市川君。夢を書くの」
喜一はこう言った。
「そんなら言うけど……俺は何になれるんや?耕人やないんや、俺は花人なんや。顔も良くない、発情期も来る、そんな人間が何になれるというんや、先生。俺のなれるもん、教えてよ。俺は普通のサラリーマンや、野球選手になれると思うか?」
すると先生は怒ったように、答えた。
「いいですか、市川君!先生はね、夢を書けと言ってるんです!五時限までにちゃんと書き直して提出しなさい!」
(夢って……一体何なんや。寝てるときに見る夢は寝てるときは叶うけど、起きたら幻や。俺は幻ちゃうで、ちゃんと生きてる。この世は不公平やし、いくら自分が努力しても無理なもんは、無理や。俺にはそれが解ってる。先生はアホや。夢なんか書いても、叶わんかったら将来の夢やない。俺は掃除のおっさんでも多分幸せや。家族三人、それと、できたら……嫁さんと子供ができたらええな。そんでみんな楽させてあげれたら俺はそれが幸せやと思ってるし。別に卑下しとる訳やない。しゃあないやん、俺は多分それくらいの人間なんや)
いっそのこと、大統領とでも書いておくか。全く気の進まない作文の書き直しに、うんざりとして。給食を食べ終えた後の眠気にあくびを大きな欠伸を一つ、出した所で校内放送がかかった。ピンポンパン、と軽快なメロディが鳴ってから、慌てたような校長先生の声が校舎、そして校庭に響いた。
【えー……緊急放送です……校庭で遊んでいるみなさんは、ただちに避難してください。ヘリコプターが着陸します、いいですか、すぐに避難してください、小河市役所から連絡がありました、今からヘリコプターが校庭に着陸します……、大きい学年のみなさんは、小さい子と一緒に校舎に入って下さい……、え?なんやって?龍人?乗ってるのは……龍人やって?あ……まずい……。みなさん、早く校舎に入ってください……いいですか、落ち着いて……校舎に入って……カーテンを閉めましょう。くれぐれも……騒がないように】
校内放送が聞こえる中、窓際に座っていた喜一はふと校庭に視線をやる。遊んでいる子供達、先生が何人か校舎から出てきて皆をグラウンドの端へ追いやっていく。教室に残っていた児童たちは「ヘリコプター」「龍人」と言う普段聞き覚えのない単語に興奮した。
「おい、聞いたか。ヘリコプターやって!それも、龍人やってよ」
「ほんまかな?龍人って俺らと似てるんかな。ドッキリやないんやろか」
そう言い合う同級生達を見ているうちに、大きな音が聞こえてきた。おそらく、プロペラ音だ。そして、窓ガラスがビビビ……と震え出した。
外に目を向けると、そこには本物のヘリコプターが間近にあった。それもかなりの大型だ。バラバラバラ……と鳴り響くプロペラ音、白く塗られた機体には金色と黒で描かれた家紋、そして日の丸。
プラモデルか、テレビの中でしか見た事のないものが、目の前にあった。
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