序。

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序。

和紙に。 筆先をつけてみる。 あんたに書きます、はひふへほ。 少し迷って、さしすせそ。 墨に涙が混じります 薄墨で。 わたしの名前、書きました。 【薄墨で、書けばどの血も灰の色】 【序】 「兄さん、はよ起きんと」 「おう、解っとるわい」 市川は弟分の声に、返事をしたまま目をつぶっていた。特に反抗する気もないし、なんならとっくに起きていた。だが起きても【いつも】が始まるだけだ。 (なにが面白いんじゃ、起きてクソして飯食って、暴れて寝る。早う、死にたい) 四十半ばにして市川の自殺願望はますます高まっている。特に朝。目が覚めると今日寝る事を考える。起きて、行動したくなかった。つまらないからだ。 「兄さん、これで五度目でっせ」 「じゃかましい。ちゃんと起きとる」 「起きとるって……、寝てますやん」 「ボケ、寝てたら返事出来るんか。返事しとるっちゅうことは、起きとるんじゃ」 「兄さん……儂が言うとるんは……寝床から出てきてつかあさい、ということを言うとるんであって、寝転んでたら寝てるんも同じ……」 「あーーーー!しゃらくさ!ほんま、辛気臭いやつじゃの!あーー!この、ボケ!」 グチグチと自分を責めたてる弟分の声に市川は思わず枕元にあったエロ本を引っ掴んで丸め、そのまま飛び上がるように起き上がると、手首のスナップをきかせて弟分の頭にバコーーン、と叩きつけた。いい音がした。爽快な気分には程遠いがまあ、及第点。万年床を抜け出し、肌着とトランクスだけの恰好で大きく伸びをした。頭を叩かれた弟分、金原はいってえ、と坊主頭を摩りながら、言った。 「おはようございます」 「……ふん、なあにが、おはようじゃ……つまらんのう。また朝が来てしもた」 「明けない夜はないんでっせ」 「俺は一生起きたないわ」 「ははは……兄さんの毎度の台詞やな……。飯にしますか。それとも歯ァ磨いてからに……」 「今日はマスかいてからにする。そろそろあの時期が来たみたいや」 「そうですか……。ほな、電動?それとも」 「手動や」 「ほうでっか。準備しますわ」 以前聞いた時は二十三と言っていた。あれからおそらく五年は経過している筈だ。坊主頭の、金原。雑に扱ってはいるが、嫌いではない。ただ、他人に優しくすることが出来ないだけだ。市川は自分の体を眺める。 墨だ。黒い墨、一色だ。 前面。 足首から太もも、腹、胸、鎖骨。手首まで。 背面。 足首から太もも、尻、背中、肩。手首まで。 細身の市川の体は顔や掌、足首の先、それ以外にはほぼ墨が入っている。 絵柄は龍だ。 和彫りの龍。およそ百匹。とぐろを巻いている。龍の顔はどれも険しく、威嚇するように、誰かを睨みつけていた。 「兄さん、温めますか」 金原の声が風呂場から聞こえる。「そのままでいい」と言うと、くたびれた肌着とトランクスを脱いで風呂場へ向かった。 まったく自分の体ながら難儀なことだ、と思っている。尻の合間から、どろりとしたものが流れる。といってもそれは誰かに注がれたものではなく、自分の体液だ。 もうすぐ発情期が来る。 そうなると男が欲しくて欲しくてたまらなくなる。自分も男なのに。 「クソくだらんのう……」 吐き捨てるように呟いて市川が風呂場へ行くと、金原が「どうぞ」と指さした。浴槽の、縁ふち。そこには吸盤で取り付けることのできるディルドがあった。きちんとローションも塗りつけてある。 「金原、出て行け」 「はい」 「飯は食わん」 「はい」 「あっちでマスかいててもええぞ」 「……ここで見てたらあきまへんか」 「気ィ散るわ、ボケ」 そう言いながら市川は浴槽の縁に貼りつけたディルドの上に跨る。そして、躊躇なく、太い、肉色の、男根瓜二つの模造品に尻の穴を突き刺した。とたんに痺れるような快楽がやってくる。糞忌々しい、快楽が。それでも貪るしかない。これは性分なのだ、【花人(かじん)】の。 匂いが、自分の中から漏れ始めるのが解った。 解りながら腰を揺らしてディルドを抜き差し始めた。 「あー……、あーー、気持ちええのお」 次第に頬が緩んでくる。自分の雄を握る。握って扱く。自分の雌である尻の穴からもジンジンと快楽が来る。 昇りつめそうに、なる。 こういう時だけ。 両方の性器から快楽を簡単に得られる自分の体が愛しく、なるのだ。
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