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色のない世界
地震だと焦った時には本棚は倒れ始め、並べていた文庫本は積み重なるように落ちてきた。どうやら、三十年以内に来ると言われていた直下型の地震が来てしまったらしい。
北海道や九州など、日本各地で震度5以上の地震が頻発していたので警戒はしていたが、まさか自分の住んでいる地域でここまで大きい揺れが来るとは想像していなかった。
隣のキッチンからは食器が割れる音が響き、リビングの角でバラエティを流していたテレビの液晶は闇に呑まれて仰向けに倒れた。
這うようにコタツの中へ頭を入れると、一週間前にレンタルした洋画のDVDが視界の端に映る。
こういう自然災害時でも容赦なく延滞料金は取られるのだろうか。もっと考えなければいけないことはあるはずなのにくだらないことしか思い浮かばないのは、毎日色のない世界を見続けているからに違いない。
事故で両親と妹を亡くし、彼女もできずに四十を迎えてしまった私が守るのは己の身体だけだ。ただ、この贅肉まみれの身体では避難するのに時間を要する。
揺れが完全に収まるのを待っていると、窓の外から鼓膜を震わせるほどの轟音が聞こえてきた。目と鼻の先にある老朽化したアパートが倒壊したらしい。私が住んでいるマンションも築三十年は経過しているので倒壊する可能性はゼロじゃない。
コタツから顔を出した私は玄関の扉を開いて空を見上げる。
数時間前まで晴れていたのが嘘のように、黒く厚い雲が太陽を隠している。今にも雨が降り出しそうだ。
ただでさえ動きにくい身体なのに、傘で片手が塞がったら一層動きにくくなる。玄関前で右往左往していると、隣の玄関が開いて子供の泣き声が聞こえてきた。
その泣き声は私の身体を停止させ、ある記憶を甦らせる。
ーーーー平和って、いくらで買えるの?
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