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私のすべてを知る姿形の知らない彼女が、私の心をぬるま湯で遊ばせる。
スピーカーモードにしたスマホからこの一年ですっかり聞き慣れた声がする。凛としてけれど圧はなく、落ち着いた優しい女性――アカリさんの声だ。
女性限定添い寝サービス会社『あるふぁ。』。女性のみで構成されたキャストの一人である彼女と月二回『通話コース』一時間二千円は、就寝前に行う誰にも言えない私の特権だった。
はじめの頃こそ緊張してずっとアカリさんに喋らせてばかりだったが、通話を重ねるたびに少しずつ自分のことを話せるようになっていった。なにもかもを。
私が話し始めると決して自分の話題にすり変えず経験からアドバイスなんてせず、もちろん馬鹿にせず、上手く相槌を打ってくれる彼女の存在が私にとっては救いで、かけがえのない時間を与えてくれる。おかげであっという間にリピーター、アカリさんにメロメロ万歳。
手芸が好きなことと人見知りなことは職場の同僚もよく知っている。
でも女性が好きなことなんて、あなたぐらいだよ知ってるの。
「――三倉さん? もう寝ちゃいました? まだ二十分も余ってますよ」
クスクスと彼女の笑い声がくすぐったい。シーツに身体が沈んでいく。意識だけが宙に浮き頭の中がふわふわと心地いい。
「それで、結局お友だちの結婚披露宴には参加するの?」
あ、今心が地面に落ちた。
「んぁあぁ、アーッ」
「あっはっはっは、どこから出しましたかその声」
快活な笑い方、これもアカリさん特有のもの。
「思い出させないでくださいよぉ」
「だってこの間言っていた披露宴の日、もうすぐじゃないですか。その様子じゃ……行く?」
「えぇえぇ行きますよ、行きますとも……やだぁ行きたくないです…アカリさん代わりに行きませんか? うまいことできますって」
「なにようまいことって。お友だちは三倉さんに会いたいから招待したんでしょ?」
「高校卒業して八年間一切連絡とってなかったんですよ? なんか怖くないですか?」
「でも、親友だったって」
「う……」
実家の母から懐かしい子から手紙が来てるよと言わたときは心底驚いた。高校三年間の大親友からの結婚披露宴招待状。しっかりと私の名前が記されたそれを見て、何かに足元をからめとられたような気分になり私はその瞬間少しだけ溺れた。
だってみんなそうでしょう?
いくら学生時代に仲が良くったって、卒業して進路が違えばそれでおしまい。みんな新しい舞台に立って新しい人間関係を築いていつの間にか携帯の電話帳から名前が消えていく。
小学生時代に父の出張の関係で転校を繰り返していた私はとくにその気が強いのだろう。中学生になりやっと生活が落ち着いたが、卒業してそれっきり。今回招待状をくれた新婦とだって。彼女のメールアドレスはもう残ってはいない。
私は自分から連絡をするタイプじゃない。今の友人たちだって大学生時代の手芸サークル仲間で、ありがたいことに卒業しても向こうから連絡をとってくれた。
あの子はメールをくれなかった。つまりそういうことだ。それに、あんなことがあったのだから連絡を取り合おうなんて思うことすらなかった。
それが八年ぶりに披露宴の招待状なんて怖くない? あんた友だち多かったから他に呼ぶべき人いたでしょ?
「アカリさん……数年ぶりに会いたいってかつての友だちから言われたらどうします?」
「……マネースクール勧誘だったらやだな」「わーあるある…」
「ふふ、だから自分から連絡するのも怖くなりますね。嫌われたらどうしよう、思い出とは全く違う人になっていたらなんて勝手に心配して……でも、そうじゃなかったとしたらどれだけ…」
「いやでもやっぱ怖い……成長してない私を馬鹿にするかもしれないし……笑うかも…」
二十も半ばになって老後のことも考えず趣味の手芸にばかり打ち込んでいる。おかげで職場も手芸店。おしゃれには少しは気を使うようになったけど、この間も親に注意されたばかりだった。
「そんな人だったんですか? お友だち」
「そうじゃないけど…八年経ったら……」
意識が今度こそ眠りの淵に落ちていく。私はアカリさんの言葉に生返事をしながら重い瞼をゆっくりと閉じる。
「三倉さん、作戦会議でもします?」
「披露宴に行くのが怖くなったらあたしを呼んでくださいね」
「きっと寂しい想いはさせませんから」
「……おやすみなさい三倉さん、良い夢を」
その夜、私は不思議な夢を見た。
何もない空間で高校のセーラー服を着た少女と一緒に丸テーブルについていた。長い黒髪が美しい彼女に緊張してしまい私は何も話せなかった。彼女はよく笑いよく喋っていた。表情も分からず声も聞こえないけれど、なぜかそのときの私は彼女がアカリさんだと確信していた。
アカリさんの姿を私は知らない。ホームページのキャスト紹介一覧で彼女は口元だけを映していた。白い肌に小さな顎、きゅっと口角を高く持ち上げたショートカットの女性だった。
だから夢の中の彼女は私の妄想。甘い花の匂いがして、余計にドキドキしてしまう。
ふいに彼女が長い指先で遠くを指さした。その先を視線で追うと、白い花に囲まれたドレス姿の女性が立っていた。私たちに背を向けて。
彼女を見つけた瞬間、私は自分が何かを握っていることに初めて気が付いた。その正体をなんとなく予感しながら、ゆっくりと手を開く。
あぁ、行きなくないな。
「………あー…」
目覚まし時計が朝を知らせる。ぼんやりとした頭で、私はアカリさんに会うことを決めた。
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