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「まずは野菜やんな!パプリカ美味しそう〜。うわっ、サラダ菜ええ色や!」
夏美がパプリカを手に取るのも、サラダ菜に目を輝かしているのも二郎アイがキャッチしていた。
──このお客さん、久しぶりやな。前は確か、ナスをたくさん買ってくれたな。
たまにしか現れない夏美を覚えていたのは、地味な外見とは違い、野菜を見る目がキラキラし、美味しく料理してやるぜ!そんなアツい雰囲気が好ましかったからだ。
野菜好きに悪い人間はいない、つまり早い話が夏美は二郎の好みにピッタリだったのだ。
ひとめぼれとも言う。
二郎はゴクッとツバを飲み込む。
この前は確か『お嬢さん』と呼びかけて、思いきり睨まれた。
無言で大量のナスを二郎に差しだし、軽く舌打ちまでされた。
今回は失敗したくない。
前回のピンチをチャンスに変える男、ポジティブ二郎。
「お、奥さぁ〜ん?」
いくつになっても、好きな人の前では緊張してアタアタとなり、最後はチャラけて誤魔化す。
そんな男の性に、抵抗出来なかった二郎。
噛んで慌てて間違えて、おまけに声まで裏返った。
しまった!と思ったがもう遅い。
奥さんと呼んでいいのは60代のマダム達だ。
痛恨のミスだった。
今まで微笑んでいた夏美の顔から、スーッと表情がなくなった。
手にしたサラダ菜を元に戻すと、回れ右で店を出ていく。
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