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会社のゲートを出た夏美は、ふと、振り返ってみた。
随分長く通った会社が、よそよそしく見える。
たくさんの花束と、プレゼントの入った紙袋が目に眩しい。
今日は夏美の51歳の誕生日だ。
そして、寿退社した日でもある。
1年前、八百屋の二郎に『奥さん』と呼びかけられ、断ち切れない結婚への未練があるのを思い知った。
優柔不断な自分に腹が立ち、古臭い考えの自分に腹が立ち、変えられない自分を嫌悪した。
ついでに、再びこんな悩ましい日々を送るきっかけとなった八百屋の二郎にまで腹を立てた。
怒りがそうさせるのか、毎夜呑むお酒がそうさせるのか、夢には二郎が出てくる。
あのだみ声で。
──奥さん、大根安いよ!俺も安いで、結婚しよ!
悪夢を毒づいていたのは数日で、気がつけば休みの日には八百屋へ行き、あれこれ野菜を買う自分がいた。
二郎は相変わらず噛みながら、「お客さん」と声を掛けてくる。
なんとなく寂しかった。
少しづつ話ができるようになり、野菜談義に盛り上がる日も増えた。
──二郎さん、良い人やなぁ。
だみ声がなんだかセクシーに聞こえる今日この頃、二人はゆっくり距離を縮めていった。
二郎から大真面目なプロポーズを受けた夜、しみじみとした嬉しさの中に冷静さもあった。
「八百屋の女将さんなんか、私にできるやろか?」
「夏ちゃんならお手のモンや。俺は尻に敷かれる浮かれたサルやからな!」
笑いながら、二人神社で手を合わる。
──神さま、ホンマにありがとう。捨てる神あれば拾う神ありになったわ。
夏美の卒業は婚活からではなく、独身からの卒業となった。
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