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「またか……」
それは突然の知らせだった。
事務員2年目のブリキャラ有栖が、授かり婚で来月早々に寿退社するらしい。
事務所内はお祝いモードで、社長も男性社員もおっさんドライバーまで、狭い事務所に押し掛ける。
入れ代わり立ち代わりやって来て、結婚生活の秘訣とやらを先輩ヅラで語っていく。
有栖は必要以上にお腹を庇い、お腹が空くからとお菓子を爆食いしながら馬鹿笑いだ。
幸せオーラ全開で、夏美にはわからない妊娠の神秘を武器に、有栖はガンガン仕事も押し付けてくる。
苦行のような半月を耐え、嘘泣き丸出しの有栖を見送った夏美は、久しぶりに定時に席を立つ。
「あれあれ?高橋さん珍しいですね、定時なんて。幸せオーラにあたったとか?」
呑気な同僚の言葉で、夏美の忍耐ボーダーラインが決壊する。
「なんかムカつく……かなりムカつく……やっぱりムカつく!アイツ、立つ鳥跡を濁しまくりやんか!だいたい何が有栖やねん!クリスみたいな顔しやがって!」
ロッカーのドアを乱暴に閉めると、鍵を差し込む。
まるで有栖の鼻の穴に鍵を突っ込んでいるかのように、憎々しげにグリグリ回した。
「幸せオーラ?関係ないし、しらんがな!」
会社を出てからグングン歩いた。
真っ直ぐ前だけを見つめ、大股で歩いた。
不思議なもので、人間は危険な雰囲気を察知する。
夏美の歩く道の先は、紅海が割れるように人が避けて行く。
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