高橋夏美

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ここの八百屋の新鮮野菜は好きだが、店主の二郎は苦手だった。 買い物に行けば、やたら話し掛けてくるし馴れ馴れしい。 「あんなセンスの欠片もない名前を付けるんや、お尻て……おサルて……下品極まりないおっさんやな」 賑わう八百屋を通り過ぎると、夜の帳に包まれた街並みが広がった。 角の神社を右に曲がると、ようやく自宅が見えてくる。 こじんまりとした賃貸マンションだが、駅近だから家賃はそこそこだ。 こんなに長く住むとは思っていなかった。 結婚するまでの、ほんのひとときのはずだった。 ただいまと言っても、誰も返事をしてくれない。 慣れてはいるが、今日はやけに染みる。 一人が染みるのだ。 パジャマと言う名のスウェットに着替え、長い髪をひとつに纏める。 バシャバシャと化粧も落とした。 缶ビールのプルタブを開けると、夏美の饗宴が始まった。 眩しくて目が醒めた。 奇跡的にベッドからのグッモーニンだ。 喉が渇いているが、もう少し微睡みたい。 寝返りを打つと同時に、せり上がる例のやつが攻めてきた。 口を押さえてトイレに駆け込む。 頭が少しハッキリすると、なんとも言えない侘びしい気持ちも込み上げて、涙も鼻水も止まらなくなった。 「50女のすることちゃうやん!余計に惨めや」 ヨタヨタとトイレから出ても、部屋は昨夜の祭りの後状態で、壁に凭れたままズルズルとしゃがみ込んだ。 「いける奴はさっさと行ってまえ……幸せになってまえ……」 夏美はしばらく動かなかった。
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