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「さ、真朱。今夜もよろしく」
「げえ」
にこにこしながら真朱の部屋に押しかけてきたのは、彼と同じ顔、同じ赤い髪をした少年、銀朱だった。
「銀朱、魔力は昨日も与えただろう。もうひからびちゃったのか?」
「アレって体調万全のときにすると、すご~く気持ちいいんだって、わかっちゃったんだよ」
「だからって、毎日は……ぶつぶつ……、」
「なにぶつぶつ言ってるのさ。『直接』魔力を与える方法は君が最初にひらめいたんじゃないか。僕もこっちのがいい」
「ゴキゲンだなあ……」
うんざり……といった顔で、真朱は読んでいた本を閉じ、机に置いた。
真朱は魔術師見習いの少年である。師匠について森の奥に引きこもり、まじないの勉強をしている。
銀朱は魔力を込めた関節人形だ。真朱の自信作である。
「俺の魔力、無限にあるわけじゃないんだぜ」
さっきご飯を食べたばかりのように、元気いっぱいの少年に真朱は釘を刺した。
人形の銀朱に雑用を負担してもらえると期待したのはいいものの、生命維持に必要な魔術が複雑で面倒だった。なので、もう少し簡単な(しかも楽しい)方法を試してみたら、銀朱が気に入って毎晩のように魔力をねだってくるようになったのだ。週に一回でいいはずだった。
真朱はふだん部屋に鍵をかけない。安眠をさまたげられないように、夜はガチャッと結界をつくっておくべきだろうか? 真朱はしかめ面で自分の影を見つめるのだった。
「ほら真朱、脱いで脱いで」
「まだ早い」
銀朱が魔術の道具を持ったまま真朱の白い寝間着に手を伸ばしたので、真の少年はその手を払いのけた。
「俺の部屋に来るときはいつも病人みたいにめそめそしてたくせに、……なんかおもしろくない」
「不都合があるの?」
「いじめがいがない」
「うわ、性悪」
うへえ、とジト目でにらむ銀朱からそっぽを向いて、真朱は寝台へ向かった。机に置いたランプの炎がかすかに揺らぐ。銀朱の白い寝間着はわずかに橙色、真朱の白い寝間着は月の光を受けて青白く浮き上がって見えた。
細い月が昇っている。カーテンは開け放たれ、寝台のシーツも白くかがやいていた。少年のゆるい赤毛が暗がりに映える。
真朱は寝台の端にそっと腰かけると、銀朱を呼んだ。なんだかんだいって、新しい魔術をいやとは言わないのである。
「銀朱、ランプ消して」
「うん」
言われた銀朱は持ってきた魔術道具を片手に、ランプの灯りをふっと吹き消してしまった。以前は大きな筆とインク瓶で両手がふさがってしまったのだけれど、細い筆に持ちかえたので自由に動き回れるようになった。
「今夜はちょっと寒いね」
「俺が風邪引かないうちに、早く来いよ」
「さっきはまだだめとか言ってたのに、勝手なん……あ! 真朱ったら、僕が脱がすからじっとしてて」
「うう、誰かが謎の魔術をかけたんだ。服を脱ぎたくなってしまう」
銀朱がぱたぱたと寝台に駆け寄ってきたときには、真朱は手に持った寝間着のズボンを畳んでいるところだった。銀朱があわてて魔術道具をかたわらに放り投げているすきに、あっという間に下着も滑らせてしまう。
「あー、もう! 今日も先越された」
「ゆめゆめ油断めされるな」
悔しそうに声を荒げる銀朱を尻目に、真朱は寝台の真ん中に移動した。白い上衣は着たまま、月を背に脚を広げて座る。
「むう、めにもの見せてやる」
本を読んで色々な言葉を覚えると、ここぞというときに使ってみたくなる。ぷりぷりしながら銀朱は自分も寝台に上がると、転がした筆と瓶を取り戻した。蓋を回しながら半裸の少年に催促する。
「真朱、キャンバス立てて」
「……」
息を詰めて一瞬かたまった真朱を見逃さず、銀朱の筆が素早く少年の太股へ伸びた。
「筆……やめっ」
「こちょこちょ。いひひ」
敏感な場所を柔らかな筆の先で撫でられて、真朱は腕を振り回しそうになったが、拒んではいけない。魔術が行われるまでこれから先は身動きすることも許されない。
十分な刺激を与えられて、真朱の身体が熱くなった。うんうんとうなずいて、銀朱はあぐらをかいて座り直すと、インク瓶に筆の先を浸した。
真白い穂先を染めるのは、夕陽のような黄金色。見る角度によって、深林の翠、高潔な暗紫にも変化した。燐光のようにほんわりと光っているのは、 細かく砕いた硝子の粒子のようなものが混ざっているためだ。耳を近づければ、きらきらと星の歌声が聞こえてきそうだった。
「真朱、しゃべらないでね」
魔術師のたまごの顔になった銀朱は、真剣な表情で真朱の身体に筆を近づけた。真朱の胸板は平べったくて描きやすかったけれど、今度のキャンバスは小さく、立体的だ。銀朱は瓶を持ったままの片手で器用に押さえて動かないようにした。
「……ん」
「しっ」
短く叱咤して、銀朱はくすぐったさに身じろぎする真朱を制止した。
魔力の込められた金色の絵具は、肌に乗せれば朱くなる。最初の一筆。根元から、縦に真っ直ぐ、天を目指すように。
銀朱は筆をぐるりと回して、世界樹の幹に見立てたキャンバスに黄金の竜を巻きつけていった。一本の線で一息に、途切れることなく描き上げる。これさえうまくできれば、術式は半分完成したようなものだ。
描かれた竜は赤い炎を噴いていた。
「ふう」
緊張の糸がほどけて、銀朱は丸めていた背を起こし、ひとやすみした。真朱はちらりと術式を確認する。
「……今夜の竜はけっこう上手いじゃん」
「でしょ? 経験を積んだからね」
へへん、得意そうに鼻を鳴らした銀朱は再び真朱の前にかがみこんだ。
「あとは楽勝」
「おい……そこ、触るなよ……」
ときどき、銀朱は真朱の弱点を指の先で撫でる。抵抗できない真朱は、そのたびに歯の根が合わないほど身体が震えた。
ぞくぞくする心地好さに思考が持っていかれそうになる。もうまじないはいいからめちゃくちゃにしてほしいと何度願っただろう。
「うっ」
「あっ、ずれた!」
ついにビクッと腰が跳ねてしまい、真朱の頭が白紙になった。押しつけられた筆の穂先がぐにゃりと曲がるのを感じる。一瞬、時が止まった。
「ごめ……」
「あー、だめだ。やり直し」
ため息を吐いた銀朱が突然赤い竜をつかんで擦り始めたからたまったものではない。完全に油断していた真朱は細い悲鳴を上げて寝台に倒れてしまった。
「ぎん、……やめ、!」
「待って。術式消して新しいの描くから」
「そん、つよく……こすっ……!?」
「出ちゃう?」
「……ぁ、ッッ!」
集中している銀朱の声に抑揚はないが、顔がにやにやしている。見なくてもわかる。真朱は天を仰いで悶えながら、必死に口を押さえて堪えていた。腰が浮きそうになると、銀朱のあたたかい手が胸にさわるのを感じた。素早く上衣のボタンを外し、真朱の服をみんな剥ぎ取ってしまった。
「おま……毎日、来るの……これ、目当てなんだろ……っ」
「ふふーん、僕はただのか弱い人形ですから。ご主人様より優位に立ちたいなんて、これっぽっちも」
「……あぁ……」
銀朱が手をはなしたので、束の間解放された真朱は、深く息を吸い込んだ。
キャンバスは小さいのだから、術式もあまり複雑でない。準備はすぐに終わるはずなのに、真のいじわるな性格が移っているのか、影の少年はいたずらが大好きだった。
これを毎日……だから真朱はうんざりしているのである。
「素直に気持ちいいって言えばいいのに。強がってる真朱を見てると、むらむらするんだよね~。そろそろ降参する?」
くすくす笑う銀朱を憎たらしく思いながら、真朱は身を起こすことができないでいた。今の不意打ちがかなりこたえたらしい。ようやく呼吸をととのえると、寝台に大の字になって低く呻いた。
「ふん。もういいよ。好きにすれば。こんな魔術、もうやめる」
「ええ、前のに戻すの? あの長ったらしい呪文なんて忘れちゃったよ」
「まだ一週間しか経ってないのに……」
銀朱は寝台にだらりと伸びている素裸の少年を見下ろした。よし、と気合いを入れてもう一度筆を瓶に浸す。根気のいる作業だが、面白いものが見られるので積極的に取り組んだ。
「…………」
術に失敗して心が折れた真朱は、今夜はあきらめて銀朱に身を任せることにした。うんともすんとも言わないのは、「無」になって何も感じようとしないからだ。そしてすねている。
真朱が反応しないのでつまらなくなった銀朱もいつしか表情が無になり、黙々と筆を動かして魔術式を完成させてしまった。寄り道さえしなければ短時間で終わるのだ。
月の青白い光が二人の少年を照らし出す。再び月光を浴びた黄金の竜には朱が差し、熱を持った。
銀朱が真を呼ぶ。
「もういいよ、真朱」
「つかれた。起こして」
「お楽しみはこれからだよ?」
やれやれ、銀朱は魔術道具を足元に放ると、寝転んでいる真朱に手を差しのべた。真朱はその手につかまって起き……上がろうとして勢いよく引っぱり銀朱を寝台に転ばせた。
「わあ! 真朱っ」
ぶうぶう言われながら真朱は相変わらず無の表情で銀朱にのしかかり上衣のボタンを外す。少年の上下が逆になった。銀朱は素裸にされている間、真朱の黄金の竜をじっと見つめている。
真朱は銀朱の白い足首を持って大きく開き、魔力を注ぎ込む入口を露にした。
支配権を握った真朱にいじわるな微笑みが宿る。
「真朱のその顔……やーな感じ」
「呪文の詠唱するよ」
「これ短くなって覚えやすいよね。ええと、世界の種子が芽吹く場所……」
「闇夜に光あり」
軽口をたたく少年たちの声音が低く重なり、厳かな言葉がしんと静かな暗い部屋に満ちていった。ささやかな風鳴りが森を渡る。清んだ空気に魔力が高まる。
真朱の身体に描かれた魔術式が、魔力の光で 仄明るくなった。微粒子がちいさくきらめき、星の河のようにさらさらと流れていく。
『命の理・世界の廻り・力の源』
最後の言葉が紡がれ、少年のくちびるが合わされた。
人形の少年は真に抱きついて、新たな魔力を受け取った。身体がぐっと熱くなる。
「真朱の搾りたての魔力、おいしい」
「家畜みたいに言うなよ。俺は竜だぜ」
「ね、もいっかい」
「あと一時間お待ちください」
魔力を放出して気分が良くなっている真朱は、覗きこんだ人形の眼が硝子玉ではなく、生身のものに見えることに満足していた。ゆっくりと腰を動かして、少年の悲鳴を聞く。
二人の赤毛がふわふわと揺れる。今夜のまじないは終わり、話し声に笑いが混じる。体温を分かち合う少年を明るく照らしながら、細い月はそっと目を閉じて西へ向かった。沈んでいく森の向こうには海が見える。
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