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「げ」
瑞貴は思わず呟いた。
「あ」
振り返った男子は、同じ高校のクラスメイト、
秋尾だった。
下の名前は知らない。興味もない。
野球部とか言う青春謳歌集団に属していながら、他の奴らとつるんだり羽目外したりもしない変わった奴だ。
ーーついてねえ。
山沿いにあるバスの停留所。
通行人どころか車の往来もほとんどないような田舎道。
ーー何が悲しくてこんな奴と……。
瑞貴は軽くため息をつきながら、二人座れば満員になってしまうような、古い停留所に入った。
真夏の太陽の容赦ない陽射しを遮ったからといって、気温が下がるわけではない。
しかも三方をトタンで囲まれたこの停留所は熱がこもっているのか、逆に暑く感じる。
ーー出るか?でも一旦入ったのに出るのかっこ悪いよな……。
瑞貴は横目で秋尾を見た。
彼は緩く足を開いて座りながら、スマートフォンを見ている。
「―――なあ」
クラスメイトなのに話さないのもおかしいかと思い、瑞貴は声をかけた。
秋尾は無愛想に視線だけこちらに向けてきた。
ーーこいつ。俺という一軍のイケメンが話しかけてやってんのに……!
腹が立たないわけではなかったが、瑞貴はナメられまいと、片膝を立てた。
「……くそ暑くね?」
だからといって気の利いた話題が浮かぶわけでもない。
当たり前のことを口にした自分に呆れる。
しかし秋尾は眉一つ動かさずに短く答えた
「暑いね」
そして思いついたように傍らに置いていた学生鞄を引き寄せた。
ーーえ。もしかして何かくれんの……?
ほんの少し期待しながらその手を見ると、
「もしよかったら」
秋尾は鞄から手を引きだした。
「”ひんやり金平糖”?」
瑞貴は眉間にこれでもかというほど深い皺を寄せながらその飴を睨んだ。
「知らない?冷感キャンディー」
秋尾が無表情のまま言う。
「……知らねえし、要らねえ」
瑞貴はガッカリしながらベンチに身を凭れた。
「美味しいのに」
秋尾は手に取った飴を、瑞貴の代わりに嘗め始めた。
ーーやっぱりこいつ……。変な奴。
悲鳴のような蝉の声が、狭い停留所の隙間を埋めていく。
こんなことなら面倒くさがらずに自転車で登校すればよかった。
少し寝坊したら学校に行くのが面倒になって、サボろうとしたら母に見つかった。
ガンガンにクーラーを効かせた車で送ってくれるなら行ってもいいかという気になり、「帰りは歩いてきなさいよ」と母に突き放されるまで、こうなることに気づかなかった。
教室でチャリで二ケツしてくれる人を募ったが、誰も応えてくれなかった。
ーーみんな、冷てえよなぁ。
こめかみから垂れてきた汗が、頬を伝い顎を滑る。
痒くて手の甲で拭うと、バチッと秋尾と目が合った。
「ーーなに」
「いや」
「なんだよ」
「……いや」
ピクリと眉毛が震えた。
ーー何こいつ。
瑞貴は何もかも嫌になって目を瞑った。
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