熱帯夢

2/3
前へ
/3ページ
次へ
ーーあ、やば……。 目を閉じたら、今朝見た変な夢が蘇ってきた。 思わずため息をつくと、左の頬を飴で膨らませた秋尾が振り返った。 「ーーそんなに嫌だったら」 秋尾が口を開く。 「俺、外で待ってるけど」 「ーー誰が言ったよ、そんなこと……!」 なんだか無性に腹が立ってきた。 「なんか田村嫌そうだから。ずっと喋んないし」 「…………」 田村と自分のことを呼ぶのはこの世で教師くらいなもんで、女子も男子も、もちろん家族も元カノも瑞貴と呼ぶので、ピンとこなかった。 「別に嫌じゃねえけど?」 瑞貴が言うと、秋尾は左頬にあった飴をコロンと右頬に移して言った。 「ならよかった」 「……………」 「――――」 また二人の間を蝉の声が埋めていく。 「ーーおい。喋んねえのはお前もだろうが…!」 思わずツッコむと、 「俺はいつもこんなだし……」 秋尾は俯いた。 「田村みたいにいつも楽しそうに喋ってるわけじゃない」 ーーなんそれ……。 俺はいつも煩いんだから、いつも通り喋れって? 「はああああ。しゃあねえなああああ」 瑞貴は盛大なため息をついてから話しかけた。 「あのさ。お前って夢見る?」 「ーーえ、夢?」 秋尾が驚いたように顔を上げた。 「見なくはないけど。ほとんど忘れちゃうかな」 「だよな。ま、俺もなんだけど。最近妙に同じ夢ばっかりみてさ」 瑞貴は両手で口を押えながら言った。 「特に今朝のはすげえ、なんつーかリアルでさ」 「うん……」 「でもその夢にはいつもモザイクがかかってんの」 「モザイク……?」 秋尾は頬をピクピクと引きつらせた。 「ーーそれってAVの見過ぎとかじゃなくて?」 「じゃねえ。モザイクかかってんのは顔だから」 「顔?」 今度は目を見開いた。 まるでーー腹話術の人形みたいだ。 レバーを引けば口が開き、紐を引っ張れば目が動く。 「なんだ。ごめん。モザイクとか言うから、エロい夢かと思った」 秋尾が小さく伸びをしながら言った。 「エロい夢だよ。エッチしてんの」 瑞貴は頷いた。 「アソコは見えるんだけど。顔だけモザイクがかかってて」 「……へえ」 秋尾は興味があるんだかないんだかわからない低い声で呟いた。 「あ、素人ものが好ーー」 「いや違うし」 そこは被せ気味で否定させていただいた。AV女優なんて顔が良くてなんぼだ。 しかし、いつも真面目そうに見える秋尾の口から、AVだの、エロいだの、素人だのという言葉が出るのはなぜか新鮮だった。 「それで?」 秋尾は眉間に皺を寄せながら聞いた。 ーーうーん。 瑞貴は考えた。 ーー言っちゃおうかな。でも引かれんのは嫌だし。 いやでも、引かれたところで何か支障あるか? 目立たないこいつに引かれたところで、 軽蔑されたところで、 一軍の俺の立場が揺らぐわけでもない。 それよりも今はーーー もうちょっと、こいつの反応が見てみたいかも。 瑞貴は座り直すと、秋尾の顔を覗き込んだ。 「ーー男なんだよね。ヤってる相手」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加