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ーーあ、やば……。
目を閉じたら、今朝見た変な夢が蘇ってきた。
思わずため息をつくと、左の頬を飴で膨らませた秋尾が振り返った。
「ーーそんなに嫌だったら」
秋尾が口を開く。
「俺、外で待ってるけど」
「ーー誰が言ったよ、そんなこと……!」
なんだか無性に腹が立ってきた。
「なんか田村嫌そうだから。ずっと喋んないし」
「…………」
田村と自分のことを呼ぶのはこの世で教師くらいなもんで、女子も男子も、もちろん家族も元カノも瑞貴と呼ぶので、ピンとこなかった。
「別に嫌じゃねえけど?」
瑞貴が言うと、秋尾は左頬にあった飴をコロンと右頬に移して言った。
「ならよかった」
「……………」
「――――」
また二人の間を蝉の声が埋めていく。
「ーーおい。喋んねえのはお前もだろうが…!」
思わずツッコむと、
「俺はいつもこんなだし……」
秋尾は俯いた。
「田村みたいにいつも楽しそうに喋ってるわけじゃない」
ーーなんそれ……。
俺はいつも煩いんだから、いつも通り喋れって?
「はああああ。しゃあねえなああああ」
瑞貴は盛大なため息をついてから話しかけた。
「あのさ。お前って夢見る?」
「ーーえ、夢?」
秋尾が驚いたように顔を上げた。
「見なくはないけど。ほとんど忘れちゃうかな」
「だよな。ま、俺もなんだけど。最近妙に同じ夢ばっかりみてさ」
瑞貴は両手で口を押えながら言った。
「特に今朝のはすげえ、なんつーかリアルでさ」
「うん……」
「でもその夢にはいつもモザイクがかかってんの」
「モザイク……?」
秋尾は頬をピクピクと引きつらせた。
「ーーそれってAVの見過ぎとかじゃなくて?」
「じゃねえ。モザイクかかってんのは顔だから」
「顔?」
今度は目を見開いた。
まるでーー腹話術の人形みたいだ。
レバーを引けば口が開き、紐を引っ張れば目が動く。
「なんだ。ごめん。モザイクとか言うから、エロい夢かと思った」
秋尾が小さく伸びをしながら言った。
「エロい夢だよ。エッチしてんの」
瑞貴は頷いた。
「アソコは見えるんだけど。顔だけモザイクがかかってて」
「……へえ」
秋尾は興味があるんだかないんだかわからない低い声で呟いた。
「あ、素人ものが好ーー」
「いや違うし」
そこは被せ気味で否定させていただいた。AV女優なんて顔が良くてなんぼだ。
しかし、いつも真面目そうに見える秋尾の口から、AVだの、エロいだの、素人だのという言葉が出るのはなぜか新鮮だった。
「それで?」
秋尾は眉間に皺を寄せながら聞いた。
ーーうーん。
瑞貴は考えた。
ーー言っちゃおうかな。でも引かれんのは嫌だし。
いやでも、引かれたところで何か支障あるか?
目立たないこいつに引かれたところで、
軽蔑されたところで、
一軍の俺の立場が揺らぐわけでもない。
それよりも今はーーー
もうちょっと、こいつの反応が見てみたいかも。
瑞貴は座り直すと、秋尾の顔を覗き込んだ。
「ーー男なんだよね。ヤってる相手」
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