勇気の書

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 西暦 2500年 トウキョウ  ぼくはいつもの魔術書を見張る役目で、一般人は立ち入りを禁止されているレファレンスルームに来たが、燭台の仄かな明かりで照らされた十冊の本は、何故かそれぞれ宙に浮いていた。  古い本棚から空中に浮いた煤ぼけた本は、黴臭いマレフィキウム(ラテン語で悪行)古代図書館の片隅にあって、ぼくはそれらの本が本物の魔術書なのを知っている。  勇気の書。知恵の書。力の書。王者の書。奴隷の書。土の書。火の書。水の書。風の書。最後の本は字が読めない。タイトルが何なのかもわからない。それぞれの本は非常に強力な魔術が封印されていると言われているんだ。  中でも最後の本には禁断の魔術書が混じっている。  それは、あまりにも危険で、それを開いた者は世界と共に破滅するだろうと言われていた。  しばらくすると、全ての本はまばゆい光の中へと消えていった。ただ一冊だけの本がぼくの下に落ちていた。  それは勇気の書だった。  化学でお馴染のメタン。古の魔女が森に住むのはそこに沼があるからだ。その沼からメタンが発生しているから、魔女はそのメタンで火の魔術を扱うんだ。  この勇気の書は、そんな初歩的な魔術が書かれていた。魔法、魔術は科学で全て説明できるんだ。ぼくは護身用にその本を持って行くことにした。  古の魔女は、人体にある生体電流によって、メタンなどをコントロールしていた。いわゆる魔術を行使していたんだ。サイコキネシスなどの超能力者も、この生体電流からきている。  ぼくは天才科学者の息子で、古代の魔女の血を受け継ぐ母を持つ。  そのためか産まれた時から生体電流は常人の数十倍もあり、科学にはそれなりに詳しかったんだ。父と母の血がぼくにそのまま流れたかのようだった。    時計を見ると、午後の7時だった。事態の重さを知ったぼくは、マレフィキウム古代図書館から早々に家に帰った。  もう母が夕食を作って、父が大学から帰って来る頃だ。  マレフィキウム古代図書館の近くにある商店街の片隅にモダンな建物がある。そこがぼくの家だ。ドアを開けると、母が出迎えた。 「零君。お帰りなさい」 「ああ、無事に帰ってこれたんだな」  母の声を聞いて、ぼくは安堵すると同時に、この勇気の書を持ちながら。これから始まる本と魔術との激しい戦いに身を投じる覚悟をしなければならなかった。     次の日は、大雨だった。  土砂降りの雨の中。  第三カリタス学園のキリスト教学科へと向かう。  校舎は学園から少し離れ、小山に挟まれるかのような形で建っている。別にぼくたちはキリスト教徒ではないし、キリストを崇拝してもいない。ただ、その思想は尊んでいて勉学に励んでいるけど……学費がすごく良いからだ。  この校舎には、片隅にいつも憎まれっ子がいる。可愛い容姿とは裏腹で毒舌が多い女だった。  なんでも、一流大学を受けて、即合格し、いつでも進学できる頭なんだそうだ。  名前は確か、藤崎 弥生だったっけ?  古来から妖怪や鬼を退治している一族の出だった。  もっとも、ぼくとしては体育館で木刀を振り回している姿くらいしか、見ていなかった。ぼくは通り過ぎただけだし。  少し困っていた時に、手助けをした時もあったけど。  それ以上でもそれ以下でもない。  後は筋骨逞しいガテン系のバイトばかりしている。口煩い角刈り頭の悪友が一人。大津 克志(かつし)だ。力と体力以外には何の取り柄もない男だろうけど、そいつにはいつも学校以外でも、力仕事では助けてもらっている。  この二人は、ぼくと同じなんだ。お互い知らないはずだけど、マレフィキウム古代図書館にある魔術書を知っているはずなんだ。  そう、ぼくはそのことを親同士の親睦で知っていた。  ぼくの家。斉藤家は、太古から魔術書を見張る役目を持った一族だった。弥生も克志も何かしらの役目があるのだろう。  父はきっと、二人がこの先で起こる危機で、ぼくを必ず助けてくれると言っていた。  そして、魔術書は最初に開いた人にしか使えない。  そう、父と母が言った。  珪素は石化の魔術。空気中にある腐食バクテリアは、毒よりも強力な腐食の魔術だ。雷は膨大な生体電流を空気中に放って、大気による摩擦を誘発して発生させる。
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