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親父の葬式の帰り道、目の前に現れた黒ずくめの美しい女が俺に言った。
「はじめましてお坊ちゃん。呪いは君に引き継がれた」
当時俺は九歳。死んだ親父は三十三歳だった。
賊に襲われた村を助けに向かったものの、現場で村人の振りをして近付いた女の賊に後ろから刺されたらしい。
故人であり親でもある人物へ向ける言葉としてはどうかと思うが、職業騎士としては正直ぱっとしない終わり方だった。
ともあれ、突然現れて物騒なことを言い出した目の前の女と俺はもちろん初対面だ。
「おばちゃんはどちらさまですか」
「おばちゃんはやめてちょうだい。お姉さんよ」
「は、はい。お姉さんはどちらさまですか」
「私はお坊ちゃんのご先祖様に呪いをかけた女よ」
「はあ」
俺は騎士の跡継ぎとして年齢として期待される以上の体力と教養を身に着けてはいたが、なんといっても九歳の子どもである。なんとなく尋常でないとは察していたものの、事態の異常さや目の前の人物の危険性についてなにひとつピンと来ていなかった。
「そのご先祖様の呪いが俺に引き継がれた……俺が呪われたってことですか」
「そうよ。君のご先祖様は十一人の女と浮気をして、それが奥方にバレそうになるたびに浮気相手を殺してしまったの。十一人全員ね」
随分ハードモードな浮気だった。
「おお、なんという外道」
他にコメントがない。
「でしょう? でも殺したからってなにもチャラになるわけじゃないの。特にそういう情念の絡んだ怨念は根深く残るわ。いつか領地に災いを起こす。だから通りがかった私がそうなる前に全部ひっくるめてそのご先祖様に呪いとして詰め込んであげたってわけ」
「うわあ、ありがとうございます?」
なんと言えばいいのかわからない。女は満足げに頷いて続ける。
「というわけで君には十一歳から十一年ごとに、合計十一回の女難が降りかかるわ。その呪いをすべて受け切って生き延びたならこの呪いは解けるでしょう」
「ええと、もし途中で死んでしまったら?」
「君と同じ血を引く次の世代に引き継がれるわ。終わるまで延々とね」
つまり親父はこの呪いで死んでしまったのだろう。そして誰ひとり呪いを解けないまま俺の番が来てしまったわけだ。
顔も知らないとはいえ赤の他人というわけでもない。階級社会に生きる者として、家に連なる者の不始末であるならば嫡子の俺が責任を取らねばなるまい。
とはいえだ。
「なるほど? ではもうひとつ」
「なにかしら」
「百年以上生きた人間ってほんの一握りの伝説で語られるような大魔術士とか大司教くらいしかいないと思うんですけど、十一回目って百二十一歳ですよね。老衰で死ぬのでは」
無病息災だとしても普通その歳まで生きられないだろ。しかし俺の問いに、女はにっこりと笑って言い放った。
「頑張ってね」
「めちゃくちゃ言ってるよこのババア……」
お姉さんをババアに格下げせざるを得なかった。
「お姉さん」
「……はい、お姉さん」
だめだやっぱ今の無し。怖かった。これはもしや既に女難が訪れているのでは。俺は幼心にそう思ったほどだ。
ともあれ十一の倍数の歳には必ず命に係わるイベントがあるらしい。十一歳までの二年間、俺は鍛えに鍛えて鍛えまくった。親父の死因を考えれば洞察力や危険を察知する能力も必要だろう。むしろそっちのほうが大事な気がする。
そして二年なんかすぐに過ぎ去った。
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