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十一歳の誕生日を過ぎて間もなく。
少しいい雰囲気になれる女の子とお近づきになる機会があったが、翌日嫉妬にとち狂ったクラスの女の子が学校に短剣を持ってきて俺に襲い掛かった。
彼女は俺と同じように騎士家のお嬢様で、クラスの女の子の中では最も剣術の成績が良い子だった。
人選ばっちりで怖かった。
二十二歳、俺は既に職業騎士となり騎士団で任務についていた。
単独任務中に逗留していた村が偶然山賊団の襲撃を受けたがそこの頭領が冒険者崩れの女でこれがまた強い。
けれどもただ強いだけなら職業騎士においそれと敵う者はいない。
言っちゃ悪いが無難だった。
三十三歳で美人局にあう。
なんと犯人は領主様の三女だ。危うく反逆罪で首が飛ぶところだった。
今更搦め手で来るとは汚いなと思いつつも俺は機転を利かせ、家督を弟に譲り街を去り隠遁するという条件で丸く収めた。
「家督を譲ったところで呪いは弟君には移らないし、君に降りかかる女難は変わらないわよ?」
そう笑った女に俺は「いいんだよ、わかってる」とだけ答えてひとり険しい山奥に居を構えた。
呪いの影響がどう出るかわからないので結婚しておらず身軽だったことは、結果として家督を譲るという話も山奥で隠遁するという行為も円滑に進ませた。
まあ結婚していれば美人局にあうこともなかったかもしれないんだが。
俺は周りへの影響を心配する必要もなく、節目の歳に訪れた客だけを警戒すれば良いという快適な生活環境を作り上げた。
定期的に家の使いが様子を見に来るが、弟に事情を説明して女を同行させないようにした。また家に都度書物を入手するよう頼んで使いに持ってきて貰うようになった。
いいぞ、ようやく軌道に乗ってきた。
呪いによる死の危険ももちろんだが、それ以上にそもそも百二十一まで生き延びる必要がある。そのために健康や長寿に関する知識を収集し、実践を繰り返した。
それからの五十年ほどは安定した日々を過ごしていた。
「凄いわね。今のところ歴代最長よ、君」
老いもせず、変わりもせず。どこに居ようと前触れもなく現れ風のように消える。彼女は怪しい人物などではなく呪いそのものなのだと気付いてからずいぶんと経った。
「心配かい? 自分が消されるのが」
息絶えた雌火竜に腰掛けて俺は笑う。まさか八十八歳にして人知れず竜殺しを成し遂げる羽目になるとはな。というか雌火竜だから女難ってのはこじつけが過ぎやしないだろうか。
「まさか」
白髪もまばらにしか残らない、しわしわの老人となった俺に女は笑う。意志を持つとはいえひとつの呪いでしかない彼女は幾年経とうとも美しい。
「解き放たれるのを楽しみにしているのよ、これでも」
「そっか、それじゃお姉さんのためにもあと三回、頑張らないとな」
俺は疲労を押し出すように大きく息を吐いた。
ある武術の書に寄れば、呼吸は生命を司っているという。実際この歳にして竜と渡り合うなんて出鱈目を成せたのはこの知恵のおかげだ。いやはや勉強はしておくもんだな。
「ふふふ、そうね。期待しているわ」
すっかり聞き馴染んだ声が静かな風に消えて行った。
女はいつ現れるかわからない。ただ、呪いにある女難が祓われたときは必ずそれを伝えにくる。だから頑張ればあと三回は彼女に会える。
彼女と好意的に付き合う理由はなにひとつない。彼女は俺にとっての厄災なんだ。
けれども……。
俺はもう、ひとの世を長く離れ過ぎてしまった。
弟は五年ほど前に亡くなり、今はその息子が跡を継いでいるらしい。そいつとはなんの面識も無いからもしかするともう家からの使いも来ないかもしれない。
それでもあと三十三年、俺はここで責務を果たす。
先祖の罪滅ぼしのために。
後世に禍根を残さぬために。
そしてすっかり付き合いの長くなった彼女のために。
~END~
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