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プロローグ
パタン
男が本を閉じる音が、ペンを動かす音しかしない部屋の中で響く。
本を閉じる音って意外と響くんだな、としょうもないことに感心しつつ、男は隣に座る彼の横顔をじーと見つめる。
彼は反応しない。視線には決して鈍くはない彼のことだ、きっと気がついているのだろう。こうなったら我慢比べだ。
「・・・なに」
ついに視線に耐えられなくなった彼が渋々といった様子で答える。それでも顔をこちらに向けることはなく、ペンを動かし続けている。
「こっちは忙しいんだけど」
「少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃん」
「あんたの話は少しで終わるもんじゃねんだよ」
「えー」
「いい年してえーなんて言うやつの気がしれない」
まだグチグチ言い続ける彼をまるっと無視して、男は言いたいことを言う。
「この本ってさ、」
「うるさい」
「…。とにかく君も読んでみなよ」
「ムリ」
「これも君のことを思っていってるんだよ」
「は?」
彼が聞き返そうとしたとき、
♪〜
彼のスマホが呼出音を鳴らす。画面に表示されている名前を確認して、彼はスマホをつかんで部屋を出ていった。
彼が部屋を出たのを見届けると、男はスマホを取り出し写真フォルダを開く。そこはすべてあの子の写真だ。一緒に取ったものや盗撮したものまである。
あの子を思うと男の顔に自然と笑みが浮かぶのは自覚している。男に近しい人ほど、男がなにかに執着することを信じない。
しかし、外野を気にする男ではない。
あの子の写真を眺めながら男は柔らかい笑みを浮かべる。
「この選択が吉となるか凶となるか」
それは誰にもわからない。
でも、ただ一つ言えるのは、
「絶対に逃さないからね」
――――二兎を追う者は一兎をも得ず
先人のありがたい教え。しかしこの男には通用しない教訓だ。
「昔から、欲しいと思ったものは全力で取りに行く主義でね。」
あの子の写真に欲深い男は獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべた。
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