【終章】Consolation 〜慰〜

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【終章】Consolation 〜慰〜

〜翌日〜 9:00。 警視庁本庁と凶悪犯罪対策本部の合同会議が、ここ台場の対策本部大会議室で開催された。 全て花山警視総監が、眉村首相の了解を得た上での試みであった。 一連の事件の関連性に、不備がないかの確認と、辞任表明している国土交通省、羽戸山大臣、及び経済産業省、大蔵大臣の同時検挙の脇固めが、一つの目的であった。 そして、TERRAの社長であるトーイ・ラブに頼み、全世界生放送という、前代未聞の催しであり、これは世界的に有名な、夢川翔殺害事件についての、正確な情報発信が目的であった。 花山警視総監が、壇上に上がる。 拍手はあらかじめ禁じた。 画面上には、名前が表示されている。 「まずは皆さん、今回この東京で起きた、大事故と、連続した爆破事件の被害者の人達に、黙祷を捧げましょう」 「全員起立❗️黙祷…」 富士本の合図で全員が冥福を祈る。 「ありがとう。座ってください」 花山は、敢えて感謝の言葉を述べた。 「今の若い世代は、私の様な社会的地位がある者が、影響を与える世の中ではありません。Influencer(インフルエンサー)と呼ばれるある得意な分野で活躍する者たちが、映像や音楽を通じて、一瞬にして世界中に影響を与えると言う、進化した情報社会であります」 昴が、夢川翔の映像を、ステージのメインスクリーンに映す。 「この映像は、先日殺害されてしまった、世界的なインフルエンサーの姿です。なぜ彼は、そんなに強い恨みを持たれたのか?彼がどんな間違いを犯したのか?それは…先日、彼の父親である羽戸山大臣、が記者会見で公表した通りです」 その部分だけの映像が流れた。 「彼は、自分に感化されて亡くなった人を惜しみ、(いた)み、讃えるべく、敢えて同じ装備で、命をかけてその夢に応えたのです。それが、インフルエンサーとしての責任だと考えたものと思います。もちろん、それは彼自身のポリシー、或いは(いまし)めであり、他のインフルエンサーの方々が、同じである必要はありません」 誰一人として呟かず、物音一つ立てない。 「では何故恨まれてしまったのか?何故殺害されなければならなかったのか?」 しっかりと間を取り、一人一人に考えさせる。 「それは…ただの勘違いなのです。たったそれだけなのです。しかし、先程の真実の説明があったからこそ、今、ただの勘違いと言えるのです。肉親を失った悲しみはとても深い。真実を知らなければ、彼を恨むこともあるのです」 うなずく者も多い。 「この映像では伝わらない真実と、純真な若者二人の心が、最悪の結果を招いてしまいました。大変残念でなりません」 「彼がいなかったら、犯人のお兄さんは恐らく生きていた。それは事実でしょう。しかし、彼のせいで亡くなった。それは絶対に、事実ではありません」 難しいところは、考える時間を与える。 さすがだと思う紗夜。 紗夜には花山の想いが痛い程、分かっていた。 「それをするかしないかは、お兄さんが決めたことであり、彼が求めたことでもなく、必要なことでもありません。誰のせいでもなく、自分で選んだ結果なのです」 各国には、アイが同時通訳して放送している。 「絶対に真似しないで下さい。よく見かけるテロップです。ほとんどの人は真似しません。しかし、人は昔から、より先を、より上を目指して進歩し、発展してきたのです。その中で、成功はほんの一握りです。危険なものでは、怪我をしたり、亡くなったり、社会においても、失敗して破産したり、自滅したりと様々です。でもそれが人であり、人の作り上げた社会なのです」 わざと時計を見る花山。 もう終わる、と思うと、人は再集中できる。 「進化した情報社会に、今、私達は生きてます。そうしてしまったのは、私達です。映像や音や声は伝わりますが、心は簡単には伝わらないのです。また、伝えようともしないものです。対面、対話、(じか)の触れ合い。一番大事なものを伝える方法を、消してしまった、壊してしまった我々の世代は、若者達へのその責任を、この先ずっと、世代を超えて、負わなければならないのです」 1件の事故と、3箇所の爆破事件の映像が、4分割されて映し出される。 「今日は、TERRAコーポレーションのラブ社長にご協力頂き、たわいもない年寄りのボヤきを聞いてもらいました。ただ…ただ一つだけは、年齢など関係なく、全世界の皆さんにお願いしたい❗️」 「この事故と爆破で、大勢の人が亡くなりました。それぞれには、それぞれの原因や理由があっての結果です。ここで全世界の皆さんにお伝えしたいのは、この数字です」 「閲覧数」を示す数字。 「いいね」を示すマークと数字。 「フォロワー」を示す数字。 「動画投稿サイトに、どういう意図で投稿されたのかは知りません。というより…投稿者の意図は全く関係ありません。誰もそんなことは気にしないからです」 犯罪者への牽制である。 「この映像に興味を持ち閲覧するのはわかります。理解できないのは、「いいね」とか「ハート」で表される数字です。さらに、この投稿、或いは投稿者をフォローする数字。このフォロワー数が、今のインフルエンサーの基準の一つにもなっています」 映像がもう一度流れる。 「冷静に考えて下さい。この映像を見て、もし、面白い、カッコいい、凄い。そんな気持ちで気軽に、いえ、無責任にいいねを押す者は、人の心そこにあらず、全く持って異常者です。さらに、よく載せた、素晴らしいなどとフォロワーになる者は、極めて犯罪者に近い非道な者でしかない❗️」 初めて声を荒げた。 その効果は大きく、世界に響いた。 「つい先日起きた事実の痛ましい映像です。あなたはそれでも、いいね、押しますか?フォローしますか?もし、その映像が、あなたの身内や知り合いの悲劇だったら、この数字をどう感じますか?それを感じられない人は、いないはずです。それでも押しますか?そんな人を私は許せません」 頬を伝う涙が分かった。 「今は、人に限らず、映像だけでも、インフルエンサーになってしまうのです。そして、それを無垢な子供達に、見せているのです。それを見た子供達が、いいねを押す世界。そんな世界は、あってはならない❗️」 眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭う。 「最後にします。命が亡くなる、こんな悲しい映像を、好き勝手に、競う様に配信し、また、それを見て楽しむ様な人道倫理に外れた行いは、決して許さないで下さい❗️そんなものは文化や進化ではない❗️人の心だけは、どうか…どうか忘れないでください。この通り、お願いいたします」 花山が、…土下座した。 正義、人道を守る者、その長としてのけじめ。 その姿は清楚であり、美しかった。 拳を震わせ、歯を食いしばる警察官達。 ゆっくり立ち上がり、一礼する花山。 「飾り言葉ではなく、心から、子供達に希望ある未来を取り戻し、守るために、我々警察官も、自らの任務を正して行きます。皆さん。本当にご清聴ありがとう」 放送はここまでであった。 と思った時。 「花山様、大変立派なお話でした。TERRAコーポレーションも、私も、全力で支援して参ります。本日は、ご利用をありがとうございました」 笑顔は見せず、マスクとゴーグルを脱ぎ、ヘリのコックピットからの、生サプライズである。 背景には、星が煌く宇宙が広がっていた。 禁じたはずの拍手喝采が、場内に響き渡る。 それは、世界中で起きていたのであった。
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