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〜フィリピン海〜
オイルロード。
中東諸国には富を、日本には不可欠なエネルギーである「原油」を運ぶ海上の道。
アラビアと日本を結ぶ、現代の大動脈である。
Oil Arkは、フィリピン海から、南シナ海へと向かっていた。
「どうだ、調子は?」
「雑賀船長、すごいですよコイツ。レーダーで波の状態や、魚群まで見分けて、最短最良のコースを走ってます。ほとんど自動制御だから、退屈ですけどね」
「この先、台湾とフィリピンの間を抜けたら、穏やかな南シナ海だ。最高速度を試すらしいから、気を抜くなよ。だよな、君?」
常にタブレット端末を操作している彼女。
平泉結女 30歳。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の研究員で、OIL ARK 号のシステム開発主任である。
「はい。ぜひ試してみたいです」
「海は好きか?」
「えっ?」
唐突な問いに、一瞬戸惑う。
「いえ、船に乗ったのは初めてです。私の好きな海は果ての無い宇宙ですから」
童顔で笑顔が絶えない独身の平泉。
船員達の活力剤になりつつあった。
雑賀は彼女の上司から、事情を聞いていた。
彼女が宇宙を離れ、海に目を向けた理由を。
「しかし…驚いたよ。まさか甲板がこうなるとはな」
広い甲板には、一面に最新のソーラーパネルが貼られていた。
「既に、帰りの分のエネルギーの60%を蓄えました。水素エンジンは必要ないかもしれませんね」
「速度はどの程度なんだ?」
「今までのVLCCでは、原油満載時は船の重さ併せて30万t以上と非常に重いため、直径9m程のスクリューの回転を、約2時間かけて段階的にスピードアップし、平均15ノット(時速約28km)程度でした」
船員達が、驚いて顔を見合わす。
「今までって君、良く知ってるな?」
「やるからには、より上を目指さないと意味がありません。開発を始める前に、様々な文献を読み、船乗り達の話を聞きましたので」
「船乗りと来たか!ハハッ」
「…間違って…いたら、すみません」
全員が笑っているのを見て、失敗したか?と焦る平泉。
「いやいや、懐かしい呼び名だ。君に『船乗り』と呼んで貰えて、光栄だよ」
「あの…君じゃなくて、平泉か結女と呼んで下さい。呼び捨てで構いませんので」
顔を見合わす船乗り達。
「失礼しました。みんな、これからは、結女と呼べ、いいな!」
「了解❗️」
「で…結女、コイツはどうなんだ?」
「OIL ARK 号には、直径7mのスクリューが4基。露出した通常のタイプとは異なり、内部で圧力を上げ、ジェット噴流を発生させる新しい方式です。満載時でも、5分で最高速度の35ノット(時速約65km)に到達します」
「35ノット⁉️」
「結女、重量計算を間違えてないか?それに仮に出せたとしても、舵取りや停船に問題がある。オイルロードは、浅い部分が随所にあり、楽な航路ではない」
「シミュレーションは、1.5倍の質量で行い、船首と船体両サイドにある小型ジェットや、12基の制動板で、自在に制御が可能です」
自信に満ちた説明と、タブレットのシミュレーション動画に、圧倒される船員達。
「全て宇宙と空で使用している技術の応用です。ただ…乗り心地は保証できませんけど」
「凄いな。さすがJAXAに国交省と経産省が組んだだけのことはある。一つ心配なのは、積荷だ。重油の慣性力も考慮されてるんだよな?」
「はい。貯蔵庫は、20のエリアに仕切られ、油面には蓋をする様なかたちで圧縮し、動きを完全に封じます」
「そんなに上手くいくものか?船長、ミスしたらこの船は、方舟どころか最終兵器にも成りかねないぜ」
一瞬、目を細めた平泉。
その反応が気になった雑賀。
「航海前から今までずっと、全システムのチェックを繰り返して来ました。それに、万が一のために、バックアップシステムも装備しています」
ずっとタブレット端末を操作していた一つの理由であった。
「よし、それじゃあ皆んなも、荷積みのシステム操作方法をシッカリ勉強して、頭に叩き込んでおけ。ミスや遅れは許されない。国が注目しているからな!」
「了解❗️」
溜まっていた不信感が薄らぎ、船員達の活気が高まった。
それが、雑賀船長の狙いであった。
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