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「カイル、あのスピーチはなんだよ?さすがに女性人気を意識しすぎたんじゃないか。いくらこれまでの受賞者が枯れた爺さんばかりだったからと言って、あれはやりすぎだ。」
ロシェはよく冷えたシードルの瓶をカイルに寄越しながら、海辺に並んで寝そべった。
豪勢に設置されたパブリックビューイングの画面では、カイルのスピーチの様子が繰り返し流れている。周囲の海水浴客も、それを福音のように拝みながら眺めている。
「バカいえ、女性人気なんか狙っちゃあいない。俺が残したいのは完璧なストーリーなんだ。」
反対にカイルがゆっくりと身体を起こす。その逞しい背の素肌には白い砂が貼り付いて、隆々とした線をなぞるように光る。遠くカモメの声が響く。目の前には穏やかなマリンブルーの波面。
じりじりと焼くような日差しはまぎれもなく夏である。その下でヴァカンスを謳歌する二人の青年は、今や億万長者だ。
あたりにはホログラムを惜しげもなく使った広告媒体が消耗品の購買意欲を掻き立てるように騒いでいる。膨大な電力消費を悪としてつつしまやかな生活を志向した時代は、もはや過去である。
「良いか、ロシェ?元はと言えば犯罪人の発明したシロモノだ。その技術を愛でて有効活用するだなんて、多くの一般人には受け入れがたい。だろ?特に人類を救う革新的技術なんて呼称が付いてみろ、リベラルな奴らが何を言い出すかわかったもんじゃない。それでせっかくの技術が使われなかったら、やっぱりこの地球は救われない。そのためには俺みたいな肯定されるべき人間が、飲み込めるストーリーを提供する必要があるんだよ。」
カイルの目は曇りなく空を仰いだ。そこには雄大な雲と風が、折り合いながら夏を歌っている。あまりにも豊かで、あまりにも理想的な海。
その実、この空間は半径10km程の巨大なガラスドームのように作られた街の一角だった。
A氏……いや、カイルが発明したその物質をエネルギー源に用いた次世代のエコシティは、外部に一切二酸化炭素やゴミを排出しない。むしろ二酸化炭素を減らしながら、無尽蔵にエネルギーを生み出せる循環都市になっている。ここには国内外のあらゆる要人、政府関係者、そして一握りのセレブが10万人ほど住んでいる。
「日本語には、"美は細部に宿る"という言葉があるらしい。本当に同感だね。美しい技術は、その終わりまで美しい。ほら、時間だよ。」
カイルが言う間もなく、ロシェは隣に置いていた大きな傘を開いて頭上に掲げた。雨を想定した傘より少し分厚い素材で出来た膜は、広げた骨と骨の間に透明に張られている。傘越しに見上げた空からは、まず音が訪れる。
サクリ、ザクリ、ササササ、ザザザザザァ……
そうして辺り一帯に、白い粒子が降る。それはキラキラと人工の光を反射しながら、プリズムのように虹色を放つ。定期的に降り積もるそれは再び白い砂浜の一部となって、輝きを放つのだった。
「金平糖のような形をしたこの物質が燃料として使われて砕けた後、こんなに綺麗な粒子になるなんて誰が思っただろう?石炭灰なんて粗悪な残滓とは比べようもない。これは、紛れもなく、美しい完全物体なんだ。」
そう言ってカイルは、開発者だけが知るこの街のエネルギー装置の方向に向かって、軽くウインクをした。
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