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しかし、異変が起きたのはその直後だった。
ひゅう、と、うすら寒いそよ風が頬を撫でた。
「なぁ、あれはなんだ?」
ロシェが指差すと、人工の海の向こうにまるで海坊主のような白い氷の山が現れた。
「ロシェおい、なんの冗談だ。この街にあんなアクティビティは許可してない。大掛かりな氷を作るだなんてそんな大きな装置、一体誰が持ち込んで……」
そうこうするうちに、あちこちから異音が上がった。バキン、ガコン、キイン。
どれも無機質で乾いた音だ。
そしてそれらはまぎれもなく、急速に、こちらに近付いてくる。
その中には、寒い、助けて、という声が混ざるようになった。
そよ風は、いつのまにか嵐のようになった。これまで暖かかった空気と急速に冷えた風が絡まり合って、ひどいバイオリンの演奏のように空間を捻り上げた。
その中においてひときわ冷気を放っているのは、海辺を覆っていた白い砂たちだった。
集まった群衆はカイルたちを取り囲み、その外周から次々に凍って倒れていく。
「カイル、なんだこれは!カイル、説明しろ、これは!」
「知らない、俺は知らない。」
「じゃあなんだ、これじゃまるで、この白い砂が……」
「嫌だ、死にたくない、俺は死にたくない」
「考えろ、どうしたら、どうしたら……!」
パキン、パキン、カン、カリン。
まるで口の中で噛んだような幼稚な音が、カイルが聞いた最後の音になった。
*******
『そう、まるで金平糖なんです。』
海辺のパブリックビューイングに映された画面では、最新のニュースが流れていた。
"政府はA氏の死刑執行にあたり、直前の証言を新たに公開しました。これはカイル氏の発明の是非にも大きく影響を与えると思われ……"
『私が発明した物質は、金平糖のように甘い夢を見せてくれる新たなエネルギー源になりえます。しかし、燃料として使われてから一定期間を過ぎると、残滓が急速に冷えるのです。エネルギー的にはプラスマイナスゼロ、に近い。』
しかし、その都市の中でそれを聞くべき人間は、10万人のうち誰一人としていなかった。
『そう、まるきり金平糖なんだ。
何の腹の足しにもなりはしない。』
誰も彼もすべてが凍って、しん、と静まり返った空間で、白い粉はやはり輝いていた。
〜fin.〜
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