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電話越しで息遣いのみが聞こえてくる。 早く答えがほしいと逸る気持ちと否定の言葉を聞きたくないという感情がせめぎ合う。
おそらくはこれを断られたら自分はもう二度と楽士を誘うことができないと思っていた。 楽士は楽士なりに考えて決断したことだと分かっている。
『・・・行和はどうだった? 結構当たりを選んだと思ったけど、合わなかったか?』
「いや、滅茶苦茶合ったよ」
肯定でも否定でも正面から伝えてほしい。 それでこそきっぱり諦めることができる。 遠回しな言葉は今の光生には望ましくない。
『だったら俺じゃなくてもよくないか?』
「先生が言っていたんだ。 行和は俺じゃなくても、どんなパートナーだとしても合うことができるって」
『・・・それは凄いな』
「あぁ。 俺も楽士は凄い奴を連れてきたなと思ったよ」
『じゃあ尚更俺じゃなくても』
「いや、楽士じゃなきゃ駄目なんだ。 俺はさっきほぼ初対面の人と同じネタを合わせてみた。 だけど全然楽しくなかったんだよ」
『・・・』
行和とはやりやすかったし、形にもなっていたと思う。 ただもし楽士とやっていたら、と考えると明らかに差が出るだろう。 ネタが同じなら相手は誰でもいい、そんなことを言う芸人仲間もいる。
ただそれだと明らかに不仲なのにコンビを続けている人たちに説明がつかないのだ。
「ネタをやって楽しいと思えるのは楽士しかいないんだ! だから頼むよ!!」
電話相手にかける声量じゃない声で言葉を叩き付けると、楽士のすすり泣くような声が聞こえてきた。
「ッ、楽士!? 悪い、泣かせるつもりじゃ・・・」
先程楽士を否定された時に大声を上げたことが思い出された。 後悔する間もなく、突然のキャッチが入る。
―――何だ、こんな大事な時に?
今は当然楽士との話が優先なためスマートフォンを耳から離さない。
『光生だって分かっているだろ!? 俺がこの半年間どれだけ悩んできたのか!!』
―――・・・半年間。
―――半年前に彼女が妊娠したことを打ち明けてきたのか?
―――彼女は隠していたのか普段通りで気付くことができなかったな。
『光生の気持ちは嬉しいよ。 光生ともっと一緒にお笑いをやっていたいのはこの俺だってそうだ!! ・・・でもな、時間はいつまでも待ってくれないんだよ』
そこまで聞くとまたもやキャッチが入った。 それでも無視して電話を続ける。
『時間はもう巻き戻せない。 光生はよくても、もう俺にはタイムリミットが来たんだ』
「俺との将来を実現させるためにギリギリまで粘ってくれたのは本当に嬉しいと思ってる。 でも俺に相談してくれてもよかったんじゃないか?」
『・・・いや、相談しても変わらなかったと思う』
「どうしてそう思うんだよ! 教えてくれたらタイムリミットである今日まで俺は全力でお笑いに向き合っていただろ!!」
『光生は最初からお笑いに本気で取り組んでいたよ! それは一番近くで見ていた俺が分かってる』
「ッ・・・」
ここでまたもやキャッチが入った。
―――あぁもう!
―――鬱陶しいな!!
誰が連絡してきているのか確認だけしようとしたところ、相手は養成所の先生からだった。
―――・・・先生?
―――どうしてさっきまで一緒に話していた先生がこんなにしつこく電話をしてくるんだ?
疑問に思うも電話から楽士の声が聞こえたため慌ててスマートフォンを耳に当てた。
『・・・ごめんな、光生。 相方は俺しかいないって言ってくれるのは凄く嬉しい。 めっちゃ誇れる』
「だったら!」
『でもごめん。 俺には、もう・・・。 光生との出会いも大事だけど、彼女との将来も大事にしていきたいんだ。 新しい命を守っていかなければいけないんだよ!!』
先生からの連絡が気になりあまり楽士の話が頭に入ってこなかった。 だがここで一つの結論が出たと感じた。
―――・・・そうだった。
―――俺たちにはそれぞれの人生がある。
―――小さい頃の付き合いということもあり、お笑いとは関係がなくても楽士は俺のパートナーだと思っていた。
―――この関係がいつまでも続くと思っていたんだ。
―――だから解散の話を持ち出された時はついカッとなって、楽士の人生も考えず俺は自分勝手に振る舞ってしまった。
―――ずっとなんてあるわけがないのに。
―――俺たちは一人の人間。
―――それぞれの人生があるんだから、他人が縛っていいものじゃない。
「・・・そうだよな。 楽士の事情もあるのに俺ばかりが勝手に要望を押し付けてごめん」
『・・・いや、元はと言えば俺が解散しようって言い出したんだ』
「でも俺は行和とは組まないから」
『何が不満だ? ・・・もしかしてお笑いを辞める気?』
「いや、辞めない。 俺はピンで活動する」
『ピンで!? そしたらまた一から勉強し直しじゃないか!』
「あぁ。 それでもいい」
『どうしてパートナーを探さないんだよ!』
「さっきも言っただろ。 俺には相棒が楽士しかいないって。 だから楽士が辞めてもいつでもお笑いの世界へ戻ってこれるように、俺の隣は空けておく」
『ッ・・・』
「彼女と頑張れよ。 俺は楽士を応援してる」
そう言うと自ら電話を切った。
―――最高の選択をしたと思ってる。
―――これで楽士が戻ってこなかったとしても俺は恨まない。
―――一つの選択肢を楽士に与えただけだ。
―――・・・そう思っていたけど、楽士には“絶対に戻ってこいよ”っていう風に捉えられちまったかな。
―――あとで説明しておかないとな。
ここでようやく先生に折り返しの電話をした。
「あ、先生すみません。 ちょっとさっきは取り込み中でして」
『もう電車に乗って帰っちまったか?』
「・・・? いえ」
『なら養成所へ戻ってこい。 光生に会いたいという人がいる』
―――俺に会いたい人?
―――・・・数少ないファンか?
「それって誰ですか?」
『それは実際に会って確かめてくれ』
何となく腑に落ちないが、それでも先生の言う通り光生は養成所へと向かうことにした。
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