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「おはようございます」
バイト先に着いたのは会場を出て30分程経った頃だった。 大学入学の時から続けているラーメン屋で、仕事もそれなりに慣れてきた。 午前11時から営業開始のため簡単に開店の手伝いだけをする。
こんな働き方ができるのはこの店の特徴で、非常に有難い場所だった。
「店内の掃除を頼んだよ」
「はい」
「・・・光生、何か今日元気なくないか?」
「あー、そうですかね?」
「この後にステージだろ? しゃんとしろよ」
「もちろんです」
―――・・・とは言ったものの、無理に自分を明るく作れないんだよな。
バイト先であるラーメン屋は売れない芸人の仕事場として御用達になっている。
「店長ー! コントのネタってこれでいいと思いますか?」
控室からノートを持ってやってきたのは後輩の男子だ。 当然彼もお笑い芸人の卵としてバイトをしながら芸人活動を続けている。
店長が元お笑い芸人で売れない芸人を積極的に雇ってくれるため、多少の無理が利くのだ。 利益度外視というわけではないが、人件費が余分にかかってでも食わしてくれているとても優しい人だ。
そして売れた時に恩を返しに来るというところまで伝統となっている。
―――いつか俺も前向きな報告がしたいもんだ。
光生も控室へと行き着替えようとすると、そこには既に先輩がいた。
「おはようございます」
「おぉ、光生か。 今日のステージ頑張れよ」
「はい」
「今度またお前たちのネタを見てやろうか?」
「いいんですか!? ありがとうございます!!」
―――先輩の中にはこうして親切にしてくれる優しい人がいる。
―――よく言われるのは『昔の自分を見ているみたいだから』という言葉。
―――面倒を見てくれるのはとても有難い。
着替えていると先輩が言った。
「そう言えば、光生って賄い以外でちゃんと飯を食っているのか?」
「え? まぁ、一応は」
「カツカツだろ? 学生なのに親から仕送りをもらっていないって。 かなり大変だぞ」
「まぁ、そうですね・・・」
「しかも養成所付き。 何年も下積みして売れたり売れなかったり。 結局大事なのは機会をモノにするかだと思うけど、それがいつ来るのか分からないから厳しいよな」
―――俺の親は芸人になることを反対している。
―――だから大学へ行きまともなところへ就職しろと言われた。
―――大学へ行くお金は出すし一人暮らし用の仕送りもするからって。
―――・・・でも俺はお笑い芸人になる夢を諦め切れなかった。
―――だから親にそのことを言った。
―――案の定、それを聞いた親はカンカン。
―――もう好きにしなって言われちまった。
両親と不仲になってしまったことにあまり後悔はない。 元々良好だったというわけでもないし、自分の夢を変える理由にしたくなかったからだ。 もっともそれで大変な状況になったことは否めない。
学費は今でも出してくれているが、一人暮らしをする分の仕送りは止まった。 養成所もバイトで稼ぎながら生活費含め自費で賄っている。
―――・・・おかげでお金はカツカツだ。
―――それでも先が見えていたら気持ち的にも楽なんだけどな。
それを続けて早三年が経ったが、未だに自信の将来が靄のように霞み定まっていない。 おそらくは相方の楽士も同様だろう。
「あ! 光生先輩、おはようございます!」
先輩と入れ替わるように先程店長に聞きにいっていた後輩が戻ってきた。
「おはよ。 店長、ネタはどうだって?」
「とてつもないダメ出しを食らいました。 一から考え直しですね」
「そうか。 頑張ったのにな」
「いやいや、全然! これからですよ! それよりも先輩、今日のステージ頑張ってくださいね!」
「あぁ」
この店では自分が出演するステージは全てホワイトボードに書くことになっていた。 だから皆がその情報を共有している。
「そう言えば光生先輩たちって凄く仲のいいコンビですよね!」
「そう見えるか?」
「はい! もう相性抜群で二人で一つ! 二人じゃないと駄目っていう感じです!! ずっと前から仲がよかったんですよね?」
「あぁ。 小学校の頃から一緒にいるかな」
「やっぱりお二人は最高です!!」
小学生からの付き合いの人とコンビを組むというのは多くない。 だから二人は幼馴染コンビとしても馴染んでいた。
―――・・・なのにどうしてだろうな。
―――最近は楽士と気まずくて仕方がねぇよ。
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